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「モテるのは簡単なの、男なら自分を小さく見せる、女なら相手を大きく見せる、それだけ。」

今思えば、彼女は猫みたいな女の子でした。突然現れて、急にいなくなると言い出して、ぼくはそれを拒んだけど、一方的に消えて、望んでいない時にまた現れるのです。

そういえば、誰かの名言に「猫と女は呼んでない時にやってくる」みたいなのありましたね。
誰だか忘れましたが。

ぼくは彼女にすぐ返事をしました。
「ひさしぶり。いままでどうしてたの。」
「どうもしない。普通に暮らしてたわよ。」
「どうして急に連絡しようってなるの。」
「好きでもなかったら2年前の元彼に連絡するほど暇じゃないわ。」
「なるほど。」

ぼくは付き合ってる女の子がいることを彼女に話すべきなんだろうとはっきりわかっていました。でも、自分にそれを言う気がないこともはっきりわかっていました。かくして、ぼくは彼女と会うことになり、新宿の喫茶店で約束をしました。

当日、喫茶店に到着すると彼女はそこにいました。驚いたのは彼女の変わってなさと、2年間会っていなかったとは思えないほど、彼女の姿を鮮明に保っていた自分の記憶でした。
席につき「変わらないね」と声をかけると、「そう?」と彼女は笑いました。

彼女は高校を卒業して、グラビアアイドルになりDVDを何本か出していました。その後、どこかで知り合った男性と付き合って、プロポーズまでされたらしいのだけど、そこまで好きではなく婚約を断り、そのまま交際も終えて喫茶店でアルバイトをしていました。

ぼくは高校を卒業してから一人暮らしを経て、東京の大学に通っていると話しました。彼女は突然「じんくん、お付き合いしてる女の子がいるでしょう」と言い、ぼくは少し黙ってから「うん」と言いました。彼女はまたにっこり笑いました。

「魅力的だもんね、仕方ないわ」
「いや、別にモテるタイプじゃないよ。」
「魅力があることと異性にモテることは全く別のことよ」
「そうなのかな」
「モテるのは簡単なの、男なら自分を小さく見せる、女なら相手を大きく見せる、それだけ。」
「どういうこと?」
「つまり、自慢話をする男は嫌われるし、男性を立てられない女も需要がないって、そういう話よ」
「そういうもんなのかな」
「うん、でもじんくんはそういうんじゃない、不思議な魅力を持ってるわ」
「それなら2年前いなくならなければよかったと思うけど」
「好き過ぎたし、若過ぎたのよ」

ぼくは2杯目のコーヒーを頼むことにし、彼女にもいるか尋ね、店員を呼んでお代わりのコーヒーを2杯注文した。喫茶店の中は客でいっぱいで、会話やティースプーンがカップにあたる音などで騒がしいはずだったが、ぼくはまるで時間が止まってるみたいな静寂を感じた。店員が運んできたコーヒーに目もくれず、彼女がぼくの瞳をじっと見つめていたからでした。

「いまのお付き合いは終わらせる。それで迎えに行くから、少し時間をくれないかな。」
「どれくらい?」
「わからないけど急ぐよ。ただ、しがらみがあるから簡単じゃないんだ」
「わかった、じゃあ待ってるね」
こうなることが決まっていたみたいに話がスムーズで、なんだか腑に落ちない自分もいた。こうなるってわかってたみたいだね、とぼくが言うと、だって会ってくれてるじゃない、と彼女は言った。

ぼくたちは会計を済ませて喫茶店を出ました。彼女とは駅で別れて1人電車に乗り、やれやれ、と思いました。
ぼくは満足な大学生活を送っていたし、友人も何人かでき、そのうちの1人の女の子と付き合って、順風満帆な学生生活を送っていたのに、いなくなったと思っていた猫が帰ってきて、いとも簡単にそれを破壊させるわけです。それほどに、ぼくに「小説家になる」呪いをかけた猫の存在は偉大で、この先、大学生活で起こる問題の気苦労とは裏腹に、帰ってきてくれたことの喜びは激烈でした。

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