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小説 Time's Arrow Time's Circle

第1章

 朝からニーナの配信が始まっていた。彼女の熱狂的なファンだと公言しているルイスがその配信を見逃すはずはなかった。職員室にある隣の席でルイスがヘッドホンをしてスマホをじっと見ていた。
 
「おい、ルイス!教頭に見つかったら大変だぞ…」
にっこり微笑むとルイスが顔を上げた。全く困ったヤツだなとため息が出た。
 
「ホワット?マサルセンセイ!何カイイマシタカ?」
「ルイス、今、仕事中だから見つかったら怒られるぞ」
「オー、コレネ。ダイジョブヨー、ダイジョブ」
 
ルイスは明るく笑った。
 
 
ルイスがこの学校に来たのは今から二年前の夏だった。職員室にある自分のの席の隣にはALT(アシスタント・イングリッシュ・ティーチャー)が座る席があった。これまでにもこの高校には三年周期でALTが来ていた。
 
初めてルイスと会ったのは今、住んでいる教員アパートの駐車場だった。背の低い小太りの外国人が引っ越して来たなと思い、すれ違いざまに挨拶をした。
 
「初めまして。サカモトマサルです。ここの401号室に住んでいます。辰の尾高校の教師です。よろしく」
「コニチハ。ルイスデス。ワタシハアシタカラ…タツノ…コウコウニイキマス。ヨロシクオネガイシマス」
 
よく話を聞くとうちの学校に配属になったALTだとわかった。ルイスとはあっという間に仲良くなった。ルイスの部屋は自分の部屋から少し離れていたが、毎朝、出かけるときによく顔を合わせた。休日にはルイスも優の部屋に遊びに来たりすることもあった。
 
「ルイス、おれに英語を教えてくれないか?」
「モチロンデス。デモ…イチバンイイノハ、ガイジンノ彼女ヲツクルコトデース」
 
その答えに思わず吹き出した。もちろん、ルイスが言いたいのは外人の知り合いを作ることだろう。年々、日本には海外からの旅行者がスゴい勢いで増えている。地方の都市でも街中で外国人を見かける機会も多くなっている。
 
「それは分かったけど、どうやって彼女を作るんだ?コロナで海外に行くことなんて出来ないんだぞ。日本にいる外国人とどうやって仲良くなるんだ?」
「マサルセンセイ、ライブハイシン、シッテマスカ?」
「ライブ配信?知ってるわけないだろ!何だよ。それ?」
 
ルイスはケラケラと笑って優にアプリをDLさせた。TikTokというアプリは優の学校の生徒たちの間でもよく話題になっているので名前だけは知っていた。
 
「マサルセンセイ、ココナライッパイガイジンノカノジョデキマース」
「へ?あ、ああ…」
 
よく分からなかったがルイスの言うとおり、TikTokでライブ配信を見ることにした。いや、おれはカノジョが欲しいんじゃない。英語が話せるようになりたいんだ。そのために見るんだ、不純な動機なんかじゃない。四十五歳の自分にとってライブ配信をしているキラキラとした青い目の外人女性を見るのは何か恥ずかしい気持ちがした。
 
「これ、どうやって見るんだ?学校じゃ、見るわけにはいかないからウチで見るしかないな。」
「カンタンデース!ココハコウヤッテ…」
 
ルイスに手取り足取りTikTokの使い方を習って、一晩かけてやっとライブ配信の見方が分かった。
 
「マサルセンセイ、彼女、ニーナトイイマス。ワタシノ推しナンデス」
「推し?ルイス、いつの間にそんな日本語覚えたんだ?」
「カンタンデース!JKタチニナライマシタ!笑笑」
「ルイス、変な日本語ばかり覚えるんじゃないぞ」
「彼女ハイツモステキナ笑顔デ配信シテマス」
 
そう言われて画面を見ると驚きで息が止まりそうになった。バストが半分ほど露わになったニーナが優しく画面に向かって話しかけていたのだ。
 
「ネ?ネ?彼女カワイイデショ?ワタシ彼女ダイスキナノヨ」
「え?ルイス?その話し方、何か変だぞ」
「オー、ドンウオーリー!アナタモ彼女ゼヒ見テクダサイ!」
「確かにかわいいが、早口でナニ話しているのかさっぱり分からない…」
「コマリマシタネ!彼女ノ話シテル英語ハ日本人ニモワカリヤスイモノデス」
 
ルイスにそう言われてますます英語が話せるようになりたいと強く思った。でも、いったいどうすればいいだろう?彼女を作ればいいとルイスに言われたが、ニーナの配信でさえナニを言っているのか分からなかったのだから…。
 
「おはようございます。優先生!」
「…おはようございます」
「何か元気ないですね?どうなさいましたか?」
「英子先生、実は昨日、ライブ配信してる外人女性の英語が全く聞き取れなかったんですよ…」
「ははは、なんだ、そんなことですか!」
「ひどいなあ、英子先生。本気で悩んでるんですよ」
「優先生、ガイジンの彼女でも作ればいいじゃないですか!」
「英子先生までそんなこと言う…。ルイスとおんなじだ…」
「ああ、そうだ、近くの信夫山短大で無料の英会話教室やってますよ」
「えええ?短大で?」
「勘違いしないでクダサイね!女子大生は教えませんよ」
「なあんだ…」
「あれ?外人に会いたいんじゃなかったんですか?笑笑」
「へへへ。でも、それはいい話を聞きました。さっそく申し込んでみます」
 
 翌日の夕方、信夫山短大に行った。とてもラッキーなことにあと一人という定員枠に間に合った。人気が高い講座なのでいつも募集開始と同時に定員の枠がいっぱいになると担当の人が話していた。今回はたまたま一人だけ枠が残っていたそうだ。
 
「この人が担当のステラ先生です。優しくてかわいいとても人気の先生なんですよ」
 
 そのパンフレットに目が釘付けになった。彼女の自己紹介の欄にはポルトガル出身で日本のアニメとたこ焼きが大好きと書かれてあった。
 
「アニメとたこ焼きか…こんなキレイな外国人女性が英会話を教えてくれるのか…」
 
 金曜日が待ち遠しくなった。いったいどんな女性なんだろう?この写真で見る限りモデルみたいなスタイルだし、きっと頭もいい女性なんだろうな。いろんな想像が次々と頭に浮かんだ。
 

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