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じゃあねなんて言わないで、またねって言って

 中学時代からの仲良し3人のグループがあった。みんな高校はバラバラで県外の大学に行っていたが最終的には地元に落ち着いていた。その中の1人が結婚することになったらしくその報告を聞くためにいつもの定食屋に集合した。

 久しぶりに会った彼女はグリーンのサマーニットの半袖を着ていた。心なしか上半身の肉感が少し増していたような気がして、その女体特有の柔らかさにほんのりした色艶の雰囲気を感じた。こんな事感じたのは初めてなんだけど、彼女は旦那さんになる人に出会うまでそういうものとは無縁の世界にいたので、尚更そう感じてしまったのかもしれない。

 そんなオッサンみたいな事を考えながら結婚報告を聞いていた。彼氏が欲しい、結婚したいと口癖のように言い続けて全く進展のなかった彼女が1年もしないうちに初彼氏、結婚とトントン拍子に事が進んだことに何とも感慨深い気持ちにならざるを得ない。もう1人の友達は4年付き合っている彼氏がいてまだ結婚の予定はないがまぁここ1年ほどで内定は出るだろうなぁと言う感じ。大体週一ペースでは会っているらしい。


 そういえば去年3人で旅行した時に「この中で誰かが結婚することになったらその前にみんなで旅行行こう!」と言う話で盛り上がっていた事を思い出して夏休みにでも近場で温泉旅行に行こう!と提案してみた。結婚式もまだ先だし、去年あんなに楽しかったんだから2人もきっとノッてくるだろうと思っていた。



 「あーそうだねぇ...私はいいけど彼女が結婚式の準備とかで忙しくなければまぁ...」
「うーんそんな忙しくなるかなぁ...?私もあんまよく分かってないわぁ〜」
想像していたよりも随分歯切れの悪い返事だった。結婚前旅行の話を覚えていたのは私だけでそれを提案した本人ですら「え?そんなこと言ったっけ(笑)」という調子だった。


  たぶんみんな死ぬほど多忙な訳でもなく、休みも合わそうと思えば合わせられる。だけどもうそういうノリじゃないんだ。私は旅行に行くとしたら友達を誘うしかないんだけれど、当の友達は旅行なんて旦那や彼氏と行くからわざわざ友達と行く必要がない。ましてやライフステージが変わろうとしている時、いつまでもあの温泉旅館に行ってみたいだの、ルナソルの新作がどうのだのそんな話ばかりしている私は友達の目にはどう映っているのだろうか。



 20代前半までは恋愛、ファッション、美容、旅行など幸福の形は誰もが共有しやすいものだった。20代後半になるとそれが結婚・出産に一極集中し出した。結婚してるかしてないか、子供がいるかいないか、とてもシンプルになったけれど実情は十人十色だから単純に幸せは測れない。そうなってくると自分自身の幸せは何なのかを突きつけられてくる。自分は仕事を頑張りたいのか家庭に入りたいのか。はたまた何か挑戦したい事があるのか。結婚したらどこに家を建てるのか、子供は何人欲しいのか、貯蓄はどうするか。ライフステージが変わるたびに自分の人生のオリジナル性を追求させられるので、就活の時やたら個性を求められたのはある意味理にかなっていたのかもしれない。



 明日も仕事だからと2時間程度でさっと店を出た。4年付き合っている彼氏がいる友達が「みんな大人になっちゃってさぁ、本当置いてかないでよねぇー」と言ったから「私はずっと子供のままだから安心してね」と言っておいた。おそらくこのメンバーで今後集まるとしたら結婚式か子供が産まれた時くらいだろう。



 あの日海や山に出かけてはしゃいでいた私達はもういない。それも段々とこれから先の長い人生で起こる数々のイベントに塗り替えられていくのだろう。だから私も自分の人生に集中しよう。帰りにコンビニに寄ってホットコーヒーを買った。挽きたてのコーヒー豆の香りを堪能しながらすするようにコーヒーを喉に流し込むと何とも言えないホッとした気持ちになった。私の幸せは何カラットのダイヤじゃなくて、コンビニの100円コーヒーがいいんだ。

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