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非没入の映像体験——「Viva Video! 久保田成子展」レビュー

水上 瑞咲

ヴィデオ・アートのパイオニアである久保田成子の作品は、「非没入的である」という点で現代の映像体験とは異なる志向を持つ。それは70年代に彼女が出会ったヴィデオという媒体が技術的に途上であったために現代の映像と比べてリアリティに欠けるということではない。むしろ彼女の「ヴィデオ彫刻」は、鑑賞者が映像に集中することを意図的に阻害している。

《三つの山》は木のパネルが組み合わされた3つの山型の構造物で、それぞれモニターがはめ込まれている。中央に位置する四角錐の山は、その火口内部にモニターが設置されているのだが、四方へ広がる峰が隔たりとなり近づくことができない。覗いたとしても確認できるのは内側に貼り付けられた鏡によって反射を重ねた光の像ばかりだ。

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《河》ではブラウン管モニターが画面を真下に向けて吊り下げられている。その下には笹舟のような形をしたステンレスの水槽が配置され、モーターによってたゆたう水面に反射する光を眺めるように仕立てられているが、通常であれば正面を向いているはずの画面が真下を向いている違和感に目がいく。作品と対峙して初めに目に飛び込んでくる、重量感あるブラウン管テレビが天井から吊り下がっている佇まいの印象は強く、鑑賞者が映像そのものへ向かうことを拒否しているかのようだ。しゃがみこんでモニターを覗きこんでみるのだが、そこに映るのはカラフルな星や丸などの記号くらいで、水面の光と同等の情報しかない。隠れている映像にこの作品の真意が含まれているはず、と無意識に抱いていた期待がかわされてしまう。

昨今の映像体験はVRやプロジェクションマッピングなど、より高い没入感を目指すものに溢れている。リアリティの追求によって広がるこれらの映像体験は、見る者が我を忘れて映像に集中するように設計されている。鑑賞者を一つの世界のなかに取り囲み、興ざめする要素を視界から排除し、提示された世界観や筋書きにのめり込むように仕向ける。見る者は迫力ある映像や音響によって感情を掻き立てられ前のめりになって、映像と距離なく同化していく。このような映像体験は、見る者の鑑賞における主体性を奪いかねない。

久保田はヴィデオ彫刻で、「観る人が画面の前に座り続けなければならない上映形式よりも、ヴィデオの時間から緩やかに解放され、より主体的に鑑賞できる映像作品を目指した」そうだ(*1)。彼女の作品は、映像作品であるにもかかわらず画面を真正面から捉えることを忌避し、また映像の中身を希薄に設定することで、鑑賞者が映像に集中することを形式的にも内容的にも阻害している。この拡散的な映像のありようは、現代の没入的な映像体験に対し、時代に先んじて異を唱えているとも言えるだろう。

では非没入的な彼女の作品において鑑賞者の主体性はどのように現れているのだろうか。
 《デュシャンピアナ:階段を降りる裸体》は久保田の代表的な作品とされている。木製の階段に1段ずつはめ込まれたモニターには、あらゆる角度から捉えた階段を降りる裸婦が断片的なショットの連続で映されている。小ぶりな画面とそれを取り囲む彫刻造形を一度に把握することは困難なため、鑑賞者はつい内容へ向かおうと、階段という大きな図体をした枠組みを一度脇へ置いて映像を見るのだが、映像の内容とそれを支える枠組みが重なり合うため、映像を捉えるやいなや視線は外の造形へと横滑りしていく。枠組みの造形と映像内容の重なりは《三つの山》《ナイアガラの滝》にも見られる。映像を捉えた瞬間に背景としてぼやけていた造形にフォーカスが再び切り替わる。こうして鑑賞対象と背景の関係が鑑賞者の身体において代わる代わる立ち現れるところに、主体的鑑賞の契機を見ることができるのではないか。

最近発売された最新のiPhone13では目玉機能として、まるで映画のような奥行き感のある動画を撮影できる「シネマティックモード」が搭載されるらしい。ポートレートモードの動画バージョンのようなもので、撮影を始めると動いている被写体にAIがフォーカスを合わせ続け、被写体が変わる場面でも自動で調整されるそうだ。私たちは個人の記録においても「見るべき対象」を選ぶ行為を委託しようとしている。

(*1)「Viva Video! 久保田成子展」解説パネルより

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Viva Video! 久保田成子展 
国立国際美術館(大阪)
2021年6月29日(火)– 2021年9月23日(木・祝)
https://www.nmao.go.jp/events/event/kubota_shigeko/

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水上瑞咲|みずかみ・みさき
1992年生まれ。福岡出身。大阪在住。立命館大学大学院社会学研究科修了。会社員。浄土複合ライティング・スクール一期生。


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