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些細な幸せの見つけ方


今ある幸せを噛みしめよう、
日常の幸せに気付こう、というのは
大事なことだと承知なのですが

幸せなときは勝手に小さい幸せにも気付けるし、
うまくいっていないときは、とことん幸せなことに気が付けない。

幸せになりたいと願うときほど
「幸せ」に対する感度が鈍くなっているもののような気がしています。

この現象、なんでなのか考えてみました。


人は理由付けする生き物


「ちゃんと部屋を片付けないから忘れ物するのよ!」と
母によく怒られました。(もちろん子供のとき…)

「部屋が片付いていないのと、たまたま忘れ物しちゃったのは
いったい何の関係があるんだろう…」と思っていた小学生時代。

こんなふうに、周りの大人たちは
子どもに対して「理由付け」をよくしていた記憶があります。

「親がしっかりしていないから、子供も素行が悪い」
「練習が足りないから試合に負けた」
「挨拶をしないから嫌われた」

皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。

理由付けが悪いとは思ったことはなくて
「結果」を招いた「原因」を探し出す行為だと認識していました。

ここで言いたいのは

人は、目の前で起こった「事実(結果)」に対して
それを成立させる原因となった「事象」を
自分の記憶の中から抽出してくる習性があるということ。

これが、私たちの「幸せの感度」に繋がっていると思うのです。

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