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ハンディを抱えた樹木たちの、華麗なドレスアップ 〜板根が見たい‼︎〜

板のような根と書いて「板根」。
鼻濁音で始まるせいか、この言葉にはどこか仰々しい響きがある。子供の頃、植物図鑑で「バンコン」という用語に初めて出会った時、「なんかよく分かんないけど、スゲ〜」と思った記憶があります。
その図鑑には、マレーシアのラワンの板根の写真が載っていて、それにはもっと驚かされました。なんじゃこりゃあ。

人の背丈より高いところで、幹と根っこが接続して、でっかいスカートが出来上がってる……。言葉の響きに釣り合う、奇しい樹姿。未知なる異形の樹木に、どうしようもないほどの憧れの念が湧いた瞬間というのは、何年経っても忘れられないものなのです。

あれから10年。やっと、本場の”板根”を拝むことができました。地元の神戸から、1200km以上の長旅をしなくてはなりませんでしたが……。今回は、その旅行記を書かせていただきます。

そもそも板根って何だ?

「板根」という用語は、子供向けの植物図鑑にも載っているため、樹木に詳しくない方でも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。幹の根元が変形して形成された”支え”を指す言葉です。多くの板根は、下の画像のように、三角定規のような形をしています。

オキナワウラジロガシの板根。

板根が形成される理由は至って単純。「樹体を支えるため」です。
基本的に、根の支持力は根系(地下部の根全体)の大きさに比例します。巨大な樹体を支持するためには、そのぶん根を広く、深く伸ばさなくてはなりません。

しかし、土壌の堆積が薄い土地で生育する樹木たちにとって、それは無理な話。
彼らは、根を深く張ることができないのにも関わらず、地上部の樹体は普通にデカくしないといけないのです。そういった境遇の樹が何も対策をせずに根を伸ばしたら、「巨大な樹体に浅い根っこ」という極めてバランスの悪い体型が完成してしまい、倒伏のリスクが高まる……

奈良県春日山原始林、イチイガシの板根

上記の問題を解決するために発明されたのが「板根」。
主根の一部を地上部に露出させ、幹の下部と接着すれば、自然と板状の構造物が出来上がります。それを補助支柱として使い、樹体の重量バランスを保つのです。

板根の構造。板根は、幹の下部と根の上部がくっついて出来上がっている、と考えられている。
ムクノキの若木の板根を掘ったところ。放射状に伸びた根が”支え”の役割を果たしている

板根を有効活用すれば、浅い根で巨大な樹体を支えることができます。思うように根系を広げられない樹木たちにとって、これはとてつもなく大きなメリットなのです。

板根が見られる場所

板根は、熱帯雨林の代名詞みたいになっていますが、”熱帯じゃないと板根が見れない”という訳ではありません。
板根使い自体は、日本本土にも大勢いらっしゃいます。

例えば、ニレ科のムクノキ、ハルニレは、典型的な板根ヘビーユーザー。彼らは川沿いの土砂堆積地を主な棲家としており、どうしても土壌の層が薄い場所で根を張らなくてはならないのです。青森県八甲田山中には”板根ハルニレ”と呼ばれる名木も存在します。

兵庫県神戸市・六甲山中のムクノキ。中々味のある板根を持ってらっしゃる。

しかし、やはり筋金入りの板根使いに会おうと思ったら、熱帯雨林に出向くのが一番。

熱帯雨林では、有機物分解スピードがとてつもなく早い。その上、土壌中の養分は瞬く間に密生した植物によって吸い上げられてしまうか、スコールで洗い流されてしまいます。結果として、熱帯雨林の土壌層はかなり薄くなるのです(場所によっては数十センチほどの箇所もあるとか)。

その割に、熱帯の超高木は樹高60m以上まで成長するため、もれなく板根が必要になります。「土壌は超薄いけれど、樹は超デカい」というアンバランスな状況が、スケールの大きい板根を生み出すのです。
日本国内で、これと似たような環境下にあるのは、南の端っこ・沖縄の森。あそこに行けば、きっとホンマモンの板根使いと直接対峙できるはず…‼︎奴らのアジトへ、いざ出発。

マングローブの背後に棲む板根使い

沖縄の森で一番キャラが濃い板根使いは、アオイ科サキシマスオウノキ属のサキシマスオウノキ(Heritiera littoralis)。彼は、日本最大の板根を発達させる樹として有名で、10年前に僕が愛読していた植物図鑑にもその写真が掲載されていました。
「ふしぎな植物」というタイトルが付けられた見開き特集の片隅で、ひとり禍々しいオーラを放っていた板根の写真…。なんだコイツ。

みるからにヤバい雰囲気を醸し出す写真に、妙なトキメキを覚え、「サキシマスオウノキ」という名前はその後ずーっと脳裏に焼き付いていました。
中学生の頃、隣の学区に喧嘩全勝の不良がいて、ヤツの噂は絶えず流れてきていました。そういう伝説的な人の噂って、何年経っても忘れないものなのですが、僕にとってのサキシマスオウノキも、まさにそういう立ち位置の樹種だったのです。

会ったことはないけれど、ヤバい奴だという噂は聞いている。そんな人に対面するときというのは、何かと緊張するものです。サキシマスオウノキが自生する沖縄本島北部まで車を走らせている途中も、高揚感と緊張が混ざった複雑な気持ちになりました。

サキシマスオウノキの外観。一見普通の樹に見えるけれど…。

サキシマスオウノキは、マングローブ林の背後に生育する、いわゆる「バックマングローブ植物」。汽水域が終わり、内陸型の植生帯が始まる”森の縁”のような場所を主な棲家としています。沖縄本島北部・沖縄県東村の福地川沿いの自生地も、まさにそんな環境の土地でした。
駐車場に車を停め、いざ板根とご対面。

福地川のサキシマスオウノキの板根。

おおおおっ。噂通りの強烈な個性を放つルックス。これぞ”ザ・板根”。
ミルクレープのように薄っぺらい板根が、複雑な褶曲を繰り返しながら根元で暴れ回り、妖しげな芸術作品を作り出しています。なんだこの奇怪な世界観は……。
板根があまりにも薄いため、”板”というよりも”布地”に見えてきます。褶曲のカーブはめちゃくちゃ滑らかなので、遠目に見ると布が揺らいでいるようにみえる。これでも幹の一部なので、実際に板根を触ると硬いはずなのですが、とてつもない柔軟性を感じます。一反木綿が根元に巻きついているみたいです。

福地川から少し北に行ったところにも、サキシマスオウノキ群落がある。こちらは沖縄県東村安波のサキシマスオウノキ。放射状に伸びる板根が地図みたいでオモシロイ。

”幹”という、植物体のなかで一番堅牢な部分を見ているはずなのに、液体さながらの柔らかみを感じてしまう。板根アートの世界観の作り込みが、こういった奇妙な錯覚を引き起こすのでしょう。

サキシマスオウノキの葉。案外可愛い。
マリメッコの座布団に、こういう葉っぱの絵が描かれてたような。

上の写真を見ればわかる通り、サキシマスオウノキの板根って、本土のムクノキやハルニレが使っている代物とは明らかにグレードが違う。ムクノキが使っている板根には、まだ可愛げがありますが、サキシマスオウノキのブツは完全に化け物の様相です(笑)。

前述のように、サキシマスオウノキの主な棲家は湿地帯。土壌中の酸素濃度が薄いため、地中の根だけで呼吸を行うと酸欠になってしまいます。それゆえ、彼は板根の表面(皮目)でも呼吸を行なっているのです。
また、湿地帯はただでさえ地盤が安定していません。沖縄という土地柄、台風も頻繁にやってくる。支えを徹底的に強化しないと、ホントに倒れちゃう。
サキシマスオウノキが、やたらと豪華な板根を使っているのには、こういった特殊な事情が関係しているのです。

「ウルトラマン」という愛称で親しまれている、サキシマスオウノキの種子。
海流により散布されるため、軽く、水に浮く。

実はサキシマスオウノキには、有用樹種としての一面もあります。薄っぺらい板根は、船のオールの材料として、樹皮は染料として用いられていました。

そもそも、「スオウノキ」という樹種名は、他の樹の名前から拝借したもの。元祖「スオウノキ」は、東南アジアに分布するマメ科の高木・”Caesalpinia sappan”。彼は、良質な染料が採れる樹として、古くから世界中に名を馳せていました。飛鳥時代の日本には、はるばる東南アジアからスオウの染料が輸入されており、それが貴族の浴衣に用いられていたとか。
そんな由緒正しき「染料の樹」と同じ名前を被せられてしまったサキシマスオウノキ。良質な染料が採れる点は、本家と共通しているので、まあ仕方ないっちゃ仕方ないのですが、ちょっと不憫です。これが災いして、結局彼は伐採の憂き目に遭ったのですから……。
現在、南西諸島でサキシマスオウノキの大木が見られる場所は、そう多くありません。昔からの乱伐の影響です。

西日本の暖温帯の荒地でよく見かけるジャケツイバラ(Caesalpinia decapetala)。
スオウノキと同属。京都市にて。

サキシマスオウノキは、「沖縄の森」を象徴するような、キャラの濃い樹。その奇抜なファッションが観光客受けも良く、コアなファンも多いです。かくいう僕もその一人。「大木そのものを観光資源として保護する」という手法が使いやすいと思うので、これからの保全対策に期待がかかります。

安波のサキシマスオウノキ。

上品さを求めるなら……

「サキシマスオウノキの板根のルックスは、刺激が強すぎて怖い」という方もいらっしゃるかもしれません。まあ無理もありません。あの見た目、水木しげるの漫画に登場しても違和感無いしな…。

でも大丈夫。そんな方に是非ともお会いしてほしい、お上品な板根使いがいらっしゃるのです…‼︎その名も、「ギランイヌビワ」。名前の響きはチョット怖いですが、実際に彼のお淑やかな樹姿を見れば癒されること間違いナシ。

ギランイヌビワの葉。本土に分布するイヌビワと同属だが、あまり葉が似ている感じはしない。イヌビワの葉はザラザラしているが、ギランイヌビワの葉はツルツル。石垣島にて。

ギランイヌビワ(Ficus variegata )は、クワ科イチジク属の高木で、先島諸島(宮古列島〜八重山諸島)に分布します。川沿いの湿った土地を好む樹種ですが、バックマングローブほどの湿地はキライ。本土のムクノキと同じような嗜好を持つ樹種と言えます。
石垣島の於茂登岳東側に広がる照葉樹林を適当にうろついていると、いらっしゃった、いらっしゃった。見事な大木がお出迎えしてくれているではないか。

ギランイヌビワの板根

赤茶けたすべすべ美肌の板根が、しなやかなカーブを描きながら、優雅に地面へ舞い降りてゆく……。丈の長いスカートを身につけた貴婦人のような、お上品な樹姿。艶やかな樹皮を見ていると、北国のブナを思い出します。

ギランイヌビワの板根その②

ランイヌビワの板根には、理解不能な褶曲やフォルムの歪みがありません。お行儀が良い樹姿のためか、安心して鑑賞できます。もちろん、板根特有のミステリアスな雰囲気はしっかりと残っているのだけれど、全体としてはお淑やかな印象です。

サキシマスオウノキの板根は、あたり構わず暴れ回っているみたいで、鑑賞者を怯えさせるような威圧感があります。中学生の頃噂で聞いた伝説の不良と一緒です。
そんな性格の樹とお会いしたあと、ギランイヌビワの懐に飛び込むと、やはりなんとも言えぬ安心感を感じる…。怪しげなオーラを醸し出しつつも、同時に気品あふれる立ち姿を演出する。「奇怪さ」と「上品さ」という、相反する二要素を共存させてしまうところに、ギランイヌビワの板根アートの精巧さを感じます。

ギランイヌビワの実…に見えて花。イチジク類の花は、花嚢(かのう、写真中の緑色の丸っこいヤツ)の内部に咲くため、直接目に触れることは無い。この内部にイチジクコバチという昆虫が侵入し、花粉を花嚢の外部に運び出すのである。花嚢は最終的に果実となるが、これはヤエヤマオオコオモリの大好物。
ギランイヌビワの枝葉。同じような環境で混生するオキナワウラジロガシやオキナワジイと比べて葉が大きいため、よく目立つ。

沖縄の森には、不思議な造形がいっぱい

…いかがでしたか?サキシマスオウノキとギランイヌビワ、どっちがあなたのタイプでしょうか。
パンチの効いた樹姿を堪能したければサキシマスオウノキに会えばいいし、お行儀の良い樹姿をゆっくり鑑賞したければギランイヌビワに会えばいい。同じ板根使いといえど、その個性は千差万別、みんな違ってみんな良いのです。
いずれにしても、彼らが作り出す摩訶不思議な造形は、本土とは違った特殊な環境を内包する沖縄の森だからこそ見れるモノ。沖縄というと、どうしても「リゾート」とか「海」のイメージを持たれがちですが、森の奥深くに入っても、南国独特の旅情を感じられるのです。
今度沖縄に行かれる際、「板根使いとの面会」に挑戦するのは如何?

<参考文献>
・「週刊日本の樹木」 学研グラフィック百科
・「琉球の樹木」 林将之 大川智史著 文一総合出版
・「樹木の葉」 林将之著 山と渓谷社
・「蘇芳染め」 https://maitokomuro.com/naturaldye/sappanwood-dye/


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