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樹木図鑑 その② ヤエヤマヤシ ~誰かにとっての”世界一”は、本当に”世界一”なんだ~


ヤシという植物は、何かと特殊なヤツです。

ヤシ科の植物は、主に熱帯を中心に分布しており、全世界で約1500種存在するとされています(研究者による見解の差あり)。
日本では、比較的寒さに強いワシントンヤシ(北米原産)、カナリーヤシ(カナリア諸島原産)、ビロウ(日本原産)等が関東以西の暖地で街路樹として用いられているため、目にする頻度は結構高い。”ヤシ”という植物の独特なフォルムに、馴染みのある方も多いと思います。

兵庫県のアウトレットモールに植栽されていた、ビロウ(Livistona chinensis)。ヤシは、南国ムードを醸し出すのが得意な植物であり、商業施設やリゾート、庭園等でも頻繁に植栽される。
南米原産のブラジルヤシ(Butia capitata)。
大阪市立大学附属植物園にて。

多くのヤシは、かなりの樹高まで育ち(一部の種は30mを超える)、逞しい幹を直立させます。そのサイズ感は、まさに”樹”と呼ぶにふさわしい。
しかし、彼らのカラダの構造は、普通の樹とはだいぶ違っていて、”枝分かれ”を行わないし、単子葉で発芽します(殆どの樹木は双子葉で発芽)。”樹”の定義のひとつに、”幹が肥大成長を行うこと”というのがありますが、ヤシに関してはその条件からも完全に外れます(ヤシの幹には形成層が無く、幹が太くなることは基本的に無い)。

要するに、ヤシは”樹”なのかどうか、非常に曖昧な植物なのです。”樹木オタク”を名乗っている僕としては、この点がちょっと気になる…。でもまあ、あいつらデカいし、カッコいいし、なんか樹っぽいから仲良くしたほうがよくね?ということでこの記事を書かせていただきました。

ようこそ、魅惑の”ヤシの世界”へ。今回は、日本の南の端っこに棲む、とあるヤシのお話。

日本固有のヤシ

前述の通り、ヤシの主な分布域は熱帯。厳密には、この文章は順序が逆で、そもそも”熱帯”という気候帯は「最寒月の平均気温がヤシが生育できる温度(18℃)を上回る気候」と定義されています。その地域の気候が熱帯に属するかどうかは、「その地域でヤシが育つかどうか」を基準に判別されるのです。
つまり、「ヤシが熱帯に分布している」というよりも、「ヤシが分布している地域が熱帯である」というのが正しい表現…。ケッペンの気候区分は植生を基に考案されていますから、こういう”卵が先か鶏が先か”みたいな話がよく飛び出してくるのです。

沖縄県石垣島の風景。
12月でも葉を茂らせる亜熱帯植物と、さとうきび畑…。南国らしい趣。

日本の大部分の地域は、温帯に属しますから、毎年寒い冬がやってきます。それゆえ、日本本土では一部の種を除きヤシの自生は見られません。

しかし、日本の南の端っこには、最寒月の平均気温が18℃を上回る地域があります。その場所というのが、沖縄県石垣市(石垣島)。同地の1月の平均気温は、18.9℃。マジでギリギリですが、熱帯。ヤシの生育圏です。

そしてなんと、石垣市をはじめとする八重山諸島には”固有のヤシ”がいらっしゃる。その名も「ヤエヤマヤシ」。国土の突端すぎてチョット文句を言われそうですが、「日本固有のヤシ」が確かに存在するのです。
植物を愛する者として、これは見ておかなければ。12月某日、寒い風が吹く神戸を飛び出し、飛行機で南へ向かいました。

風にたなびく勇姿

ヤエヤマヤシは、世界でも八重山諸島にしか分布していない希少種で、その生育地は3カ所に限られています(石垣島に1カ所、西表島に2カ所)

ヤエヤマヤシの自生地の地図。3カ所とも、国指定天然記念物に指定されている。
(オープンストリートマップより作成)
石垣市桴海、米原集落。石垣島北岸は、美しい珊瑚礁で知られる、風光明媚な土地。

沖縄県石垣市の桴海於茂登岳(ふかいおもとだけ)北麓には、「米原(よねはら)のヤエヤマヤシ群落」と呼ばれる大規模な群生地があり、天然記念物にも指定されています。遊歩道が整備されていたり、ヤシの博物館があったりと、観光地として整備されているので、ヤエヤマヤシ観察には最適な場所。未知なる希少種との馴れ初めにワクワクを募らせながら、原付を走らせて石垣島を縦断しました。

ヤエヤマヤシ。いかにも熱帯っぽい雰囲気の樹姿。

自生地にたどり着き、いざヤエヤマヤシ本人とご対面。
おお、これは美しい…。

桴海於茂登岳の北麓斜面に広がるヤエヤマヤシ群落。アバターの舞台になりそうな雰囲気。

すっと伸びた1本の幹に、なんとも優美な羽状複葉。冬の石垣特有の、等間隔で吹く突風が、婉麗な葉をしなやかに揺らしています。
こういう、いかにも熱帯らしい景色を見ると、旅情がいっそう掻き立てられます。いま目の前で見ているヤエヤマヤシも、北海道のアカエゾマツも、同じ日本国内の樹であるというのが、なんか凄い。日本は広いなあ。

ヤエヤマヤシの並木みち。

保護区の敷地内には、ヤエヤマヤシの並木みちがありました。やばいやばい。この景色、僕の好みにフィットしすぎてるんですけど。

ヤエヤマヤシの羽状複葉には、独特な”艶”があります。葉っぱが艶を持っているということは、「葉に痛みや傷がついていない」ということ。本土に植栽されているヤシたちは、冬の寒風で葉を思いっきり傷つけられ、なんとも痛々しい姿になっていることが多いのですが、北緯25度よりも下の石垣島に住むヤエヤマヤシたちは、そんなトラブルとは無縁なようです。生き生きと葉を輝かせるヤエヤマヤシたちを見ていると、こちらも本土の寒さを忘れてしまいます。

ヤエヤマヤシの群落。

たおやかなフォームで伸びる羽状複葉が、幾重にも折り重なり、一斉にエレガントな艶を放つ中をくぐり抜ける。なんだこの居心地の良さは。スマートな形状の葉と、上品な艶が合わさって、森全体に芳しいムードが充満しています。こんな景色を見せられたら、ヤシの世界にハマってしまうじゃないか…。やはり、熱帯の植生が作り出す景色には、どうしようもない魔力があります……。

群落の生育状況

「八重山諸島固有の希少種」と聞くと、ガチもんのレアキャラ、みたいな印象を受けます。僕も、実際に米原の群落にいくまでは、ヤエヤマヤシに対してそんなイメージを抱いていました。

しかし、いざ群落に足を踏み入れると、いい意味で拍子抜けしてしまう。

土地を、立体的にも、平面的にも支配しているヤエヤマヤシ。

米原の群落近辺の土地は、ヤエヤマヤシに”支配されている”と言っても過言ではありません。森に生えているのは、ほぼ全てヤエヤマヤシ……。

普通、森という空間では、複数の樹種が階層構造や地形、土壌の性質に基づいて棲み分けを行い、共同生活を送ります。樹種の多様性が日本一高い南西諸島の森ではなおさらのこと。
しかし、米原のヤエヤマヤシ群落では、その常識が通じないようです。
高木層はヤエヤマヤシの成木、中高木層はヤエヤマヤシの若木、低木層はヤエヤマヤシの幼苗、という傍若無人な階層構造(笑)。かなりの密度でヤエヤマヤシが生育しています。右を見ても、左を見ても、下を見てもヤエヤマヤシ。とにかくヤエヤマヤシ。どこもかしこもヤエヤマヤシ。

高木層を埋める、ヤエヤマヤシの成木。樹高は25mを超える。
地面が見えないほどに密集するヤエヤマヤシの若木。

上記の文章を読んでいると、「ヤエヤマヤシ」という文字のゲシュタルト崩壊が起こると思いますが、群落内を歩いているとまさにそんな状況に陥るのです。ホントにこれ、レッドデータブック記載種なの?

花壇をも侵食するヤエヤマヤシの幼苗たち。

石垣島では、米原以外にヤエヤマヤシの自生地は見つかっていません。そういう意味では確かに”希少種”…

ヤエヤマヤシが正式な形で”発見”されたのは、いまからたった60年前の1963年。
広島の機械製作会社の社長で、趣味でヤシの研究を行っていた佐竹利彦氏と、初島住彦氏(鹿児島大学の教授)、村田弘之氏(植物学者)らの研究グループが、八重山諸島に自生するヤシを”新種”として登録したのです。それまで、ヤエヤマヤシは小笠原諸島に自生するノヤシ(Clinostigma savoryanum)と同一種とされていました。(ヤエヤマヤシが”独立した種”として認められた形)

その後、米国の世界的なヤシ研究者であるハロルド・エメリー・ムーア氏が、実際に八重山諸島を訪れてヤエヤマヤシの調査を行い、同種が世界的に貴重な種であると認めます。1969年、ムーア博士は佐竹氏に敬意を評し、ヤエヤマヤシにSatakentia liukiuensisという学名を与えました。

ヤエヤマヤシの幹をよく観察すると、上部で色が大きく変わっているのがわかる。これは、葉鞘筒(ようしょうとう)と呼ばれるもの。葉の基部が幹の先端部の成長点を包み込んでいるのである。ヤシは成長点が1個しかないため、そこを守るために時として葉の基部を防具がわりに使う。
(下の図)

現在でも研究途上の種であるため、ヤエヤマヤシに関してはまだよく分かっていないことが多いのです。米原ではあれほどの勢いで優占している彼らが、なぜ石垣島の他の地域には全く自生していないのか。その理由も、いまのところ謎とされています。

まあ、米原でのヤエヤマヤシの勢いの強さを見ると、当分あそこの自生地は安泰っぽい。その点に関しては、安心ですなあ。

世界一美しいヤシ

石垣市街地の園芸店にいくと、ヤエヤマヤシの苗木がたくさん販売されていました。この光景にも、いい意味で違和感を感じる。「八重山固有種のヤシ」という物々しい響きに魅せられて石垣島までやってきたのに、その苗木がピーマンやトマトみたいなノリで販売されているではないか。

石垣島では、ヤエヤマヤシはポピュラーな庭木。石垣島リゾートホテルのエントランスに植栽されていたヤエヤマヤシ。(写真には、シンノウヤシやヤマドリヤシも混じっていますが、
ひときわ高くなっているのがヤエヤマヤシです)

気候さえ合えば、割と簡単に育てることができるのでしょう。石垣市内の公園や街路樹、ホテルの庭園を巡ってみると、至る所でヤエヤマヤシの植栽を見かけます。八重山諸島では、ヤエヤマヤシは庭木の常連なのです。苗木生産が簡単なんだろうなあ。
ヤシが庭木、というのも熱帯らしさ全開でイイね…。

石垣島の幹線道路、国道390号の一部区間は、ヤエヤマヤシの並木道。
排気ガスにも強いらしい。

琉球王朝時代、ヤエヤマヤシの苗木は沖縄本島の王統にも献上されたらしく、首里城近辺でヤエヤマヤシが植栽された記録が残っています。現在でも、沖縄本島ではヤエヤマヤシの植栽をちょくちょく見かけます。何を隠そう、沖縄一の観光地・那覇国際通りの街路樹も、ヤエヤマヤシなのです。沖縄本島の1月の平均気温は17度なので、ギリギリ”温帯”になってしまうのですが、多少の誤差は見過ごせるほどの耐寒性は持ち合わせているご様子。

国際通りのヤエヤマヤシ。八重山まで行かなくとも、沖縄一の繁華街に行けば、
固有種のヤシがいらっしゃる。なんとも贅沢な話。

希少な種が街路樹として広く使われ、簡単に見ることができる、というのは植物マニアとしては歓迎すべきことです。ただチョット心配なのが、”台風”のこと。ヤエヤマヤシさんのシンプルな体は、風にものすごく弱い。米原の群落で大勢の若木・稚樹が林床を埋め尽くしていたのも、台風で成木が倒れた際に迅速に”種としての陣地”を回復させるためなのではないか、と僕は考えています。密集して生えていたのも、風の影響を抑えるためなのでは…。

そんなヤツらが、ひとりぼっちで道路に移植されたら、台風でボキッといっちゃうんじゃないか。老婆心ながら、気になってしまいます。
また、ヤエヤマヤシの羽状複葉はめっちゃデカい。時に長さ5mに達します。枝を持たないからこそのデカさなのでしょうが、これが落ちてくると結構ヤバいことになるんじゃないか。もちろん管理はきちんとされていると思うのですが、何かしらのトラブルが起こるとヤシ全部伐採、なんてことになりかねません。

あいつらの羽状複葉、樹上についているときは大人しそうだけれど、地面に落下した枯葉を見るとなかなか狂気じみたサイズ。割と殺傷能力高そうです(↓)。ヤシ独特の形態が、人との軋轢を生まないことを願うばかりです。

ヤエヤマヤシの葉っぱはこれぐらいの大きさ。
石垣島のアパートに列植されていたヤエヤマヤシ。

先程の園芸店のおじさんは、誇らしげにこう語っていました。
「ヤエヤマヤシは世界一のヤシだ。世界一美しいって言われてるんだからな。」
彼らの端麗な樹姿を見ると、その言葉にも思わず納得してしまいます。ヤエヤマヤシが世界一美しいって言ったのは、どこかの国の研究者か、プラントハンターなのかな…。
疑問に思って、石垣島から関西に帰還したあと、ヤシに詳しい知人に聞いてみると、
「ヤエヤマヤシが世界一美しいなんてのは、石垣島の人が勝手に言ってるだけやで〜(笑)確かに綺麗やけどなあ」
と笑われました。

でも考えてみると、これって凄く素敵なことではないでしょうか。
「世界に1500種あるヤシのうち、自分の島のヤシが一番美しい」って、言い切れちゃうのです。それだけ石垣島の人に愛されてるんだなあ。
もしヤエヤマヤシが人里離れた僻地にひっそりと生える”ガチの希少種”だったら、彼がここまで愛されることはなかったでしょう。
街路樹として盛んに用いられ、島の各所で南国らしい景色を演出してくれている。そこに、”希少種”としての敷居の高さはありません。”固有””希少””絶滅危惧”みたいな、堅苦しい箔がつくことがない愛嬌の深さ。これが、ヤエヤマヤシの一番の魅力なのだと思います。

<ヤエヤマヤシ 基本データ>

学名 Satakentia liukiuensis
ヤシ科ヤエヤマヤシ属
木本型単子葉類(ヤシ)
分布 八重山諸島(石垣島、西表島)
樹高 25m
漢字表記 八重山椰子
別名 ー
英名 ー
琉球方言名 ビンロー、ビンドー

<参考文献>

・林将之 大川智志著 「琉球の樹木」 文一総合出版
・朝日新聞社 「朝日百科 植物の世界」 
・佐竹義輔著 「日本の野生植物 木本II」 平凡社
・石垣市桴海「サタケ八重山ヤシ記念館」の展示


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