通信品位法230条
トランプ大統領がインターネット上の中立性を害していると批判し,廃止を主張していることで,昨年,アメリカ国内で注目を浴びるようになったセクション230。「インターネットを生んだ26語」といわれるぐらいの法律でもあり,日本人も多く利用しているFacebookやTwitter等,多くのアメリカ系SNSにとって重要な法律。
日本語ではソースが少ないのでちょっと時間をとって調べてみようと思っているうちに,2021年になってしまいました。
トランプ大統領は,大統領選挙結果が「確定」と報じられた後も,選挙不正を訴えるとともに,セクション230の廃止を訴えています。この撤廃を引き合いに国防予算案に拒否権を行使したりもしています。国防予算案は議会が再可決しており,撤廃されるという事態にはなっていませんが,制定から年月も経っており,改正の必要性は,いろんな立場からなされています。
セクション230はいわゆる通信品位法(the Communications Decency Act of 1996)の一部。条文を引くと,なんだ,26語だけじゃなくて,長いじゃないか…
https://www.law.cornell.edu/uscode/text/47/230
(a)立法の前提として議会が認識した事実,(b)方針で規定の目的のようなものを説明し, (c)以下で具体的な規定をしています。このうち(c)(1)が,「インターネットを生んだ26語」(“26 words that created the Internet” by Jeff Kossett)とも呼ばれる規定であり,プロバイダに対する免責について規定しています。(c)のタイトルで「善きサマリア人」法理が言及されているところは興味深いなと思いました。具体的な法的責任等については,さらにそのあとの(c)(2)以下です。
※善きサマリア人法理:他人を救助する者の責任を軽減する不法行為法の一原則。困っている人に同乗して援助する人(聖書ルカ伝10.30-37)に由来する。コモン・ローのもとでは,一般人は他人を救助する義務を負わない。しかし救助に着手した者は,その情況に応じた注意を払って行為する義務を負う。Good Samarian doctrineは,救助行為を勧奨するために,救助者は救助の結果について,重過失がなければ責任を負わないとする。(中略)救助者の無謀な行為によって被害者のおかれていた情況がさらに悪化したことを立証しなければ,被害者は救助者の責任を問うことができない。(田中英雄編「英米法辞典」)
セクション230が免責というだけではなく,救助行為を勧奨する趣旨のもの,すなわち攻撃的な素材(offensive material)をブロッキングやスクリーニングすることを勧奨するための立法だったといえます。
条文にどういうことが書いてあるのか,アクセスしやすくするため,ここに条文の仮訳を置いておきます。
セクション230
攻撃的な素材の私的なブロッキングとスクリーニングの保護
(a) 立法事実
(1)
アメリカの各個人が利用できるインターネットや他のインタラクティブ・コンピュータ・サービスの急速な発展は,市民の教育や情報資源が非常に拡張したことを意味する。
(2)
これらのサービスは,ユーザーが受け取る情報を大きくコントロールできるだけでなく,技術の発展に伴い,将来的にはさらに大きなコントロールが可能になる可能性を秘めている。
(3)
インターネットやその他のインタラクティブ・コンピュータ・サービスは,真の多様な政治的言説の場,文化的発展のためのユニークな機会や,知的活動のための無数の手段を提供している。
(4)
インターネットやその他のインタラクティブ・コンピュータ・サービスは,政府の規制を最小限にして,すべてのアメリカ人の利益のために繁栄してきた。
(5)
アメリカ人は,様々な政治,教育,文化,娯楽サービスのためにインタラクティブ・メディアにどんどん頼るようになってきている。
(b)方針 アメリカ合衆国の方針は以下のとおりである。
(1)
インターネット及びその他のインタラクティブ・コンピュータ・サービス及びその他のインタラクティブ・メディアの継続的な発展を促進する;
(2)
連邦政府や州の規制にとらわれず,インターネットやその他のインタラクティブ・コンピュータ・サービスのために現在存在している活気に満ちた競争力のある自由市場を維持する;
(3)
インターネットやその他のインタラクティブ・コンピュータ・サービスを利用する個人,家庭,学校が受信する情報を最大限に制御する技術の開発を奨励する;
(4)
親が子供の好ましくないまたは不適切なオンライン素材へのアクセスを制限できるようにするブロッキングおよびフィルタリング技術の開発および利用に対する阻害要因を取り除く;
(5)
わいせつ行為,ストーカー行為,コンピュータを使ったハラスメントなどのトラフィッキングを抑止し,処罰するために,連邦刑法を積極的に執行することを確実にする。
(c)攻撃的なものについてのブロッキングとスクリーニングをする「善きサマリア人」の保護
(1)出版社・発言者の扱い
インタラクティブ・コンピュータ・サービスの提供者または利用者は,他の素材提供者が提供する情報の出版者または発言者として扱われてはならない。
(2)民事責任 インタラクティブ・コンピュータ・サービスの提供者または利用者は,次の事項について責任を負わないものとする。
(A)
憲法で保護されているかどうかに関わらず,プロバイダまたはユーザーがわいせつ,淫乱,みだら,不潔,過度に暴力的,嫌がらせ,その他好ましくないと判断した素材へのアクセスまたは利用可能性を制限するために,善意で自発的に行われた行為。
(B)
第一項に規定する資料へのアクセスを制限するための技術的手段を情報コンテンツ提供者その他の者に利用可能にするためにとられた措置。
(d)インタラクティブ・コンピュータサービスの義務
インタラクティブ・コンピュータサービスのプロバイダは,インタラクティブ・コンピュータサービスの提供のための顧客との契約を締結する際に,プロバイダが適切と考える方法で,未成年者に有害な素材へのアクセスを制限するために顧客を支援する可能性のあるペアレンタルコントロール保護(コンピュータのハードウェア,ソフトウェア,またはフィルタリングサービスなど)が市販されていることを顧客に通知しなければならない。そのような通知は,そのような保護の現在のプロバイダを識別する情報へのアクセスを識別するか,顧客に提供するものとする。
(e)他の法律への影響
(1)刑法への影響なし
本セクションのいかなる規定も,本タイトルのセクション223条もしくは231条,タイトル18のチャプター71(わいせつに関する)もしくはチャプター110(児童の性的搾取に関する),またはその他の連邦刑法の執行を損なうものと解釈されてはならない。
(2)知的財産法への影響なし
本セクションのいかなる規定も,知的財産に関する法律を制限し,又は拡大するものと解釈されてはならない。
(3)州法
本セクションのいかなる規定も,本セクションと矛盾しない州法の施行を妨げるものと解釈されてはならない。本セクションと矛盾する州法または地方法の下では,いかなる請求原因も提起することはできず,いかなる責任も課すことはできない。
(4)通信プライバシー法への影響なし
本セクションのいかなる規定も,1986年電子通信プライバシー法(Electronic Communications Privacy Act of 1986)または同法による改正,または同法に類似する州法の適用を制限すると解釈されてはならない。
(5)性的人身売買取締法への影響なし
本セクション((c)(2)(A)を除く)のいかなる部分も,以下を損ない又は制限するものと解釈されてはならない。
(A)
タイトル18のセクション1595に基づいて提起された民事上のあらゆる請求のうち,賠償請求の基礎となる行為がタイトル18のセクション1591の違反を構成する場合。
(B)
州法の下で起訴されたあらゆる刑事訴追のうち,訴追の基礎となる行為がタイトル18のセクション1591の違反を構成する場合。
(C)
州法の下で提起されたあらゆる刑事訴追のうち,訴追の基礎となる行為がタイトル18のセクション2421Aの違反を構成し,被告の売春の助長または促進が対象とされた管轄において売春の助長または促進が違法である場合。
(f)定義 本セクションで使用する場合における定義。
(1)インターネット
「インターネット」とは,連邦政府と非連邦政府の相互運用可能なパケット交換データネットワークの国際的なコンピュータネットワークを意味する。
(2)インタラクティブ・コンピュータ・サービス
「インタラクティブ・コンピュータ・サービス」とは,提供またはコンピュータサーバへの複数のユーザーによるコンピュータアクセスを可能にする任意の情報サービス,システム,またはアクセスソフトウェアプロバイダを意味し,具体的にはインターネットへのアクセスを提供するサービスやシステム,および図書館や教育機関が運営または提供するサービスなどのシステムを含む。
(3)情報コンテンツ提供者
用語 "情報コンテンツプロバイダ "とは,全体または一部,インターネットまたは他のインタラクティブなコンピュータサービスを介して提供される情報の作成または開発のために責任がある任意の個人または事業体を意味します。
(4)アクセスソフトウェアプロバイダ
「アクセスソフトウェアプロバイダ」は,ソフトウェア(クライアントまたはサーバーソフトウェアを含む)のプロバイダ,または次のいずれか1つ以上を行うことを可能にするツールを意味する。
(A)
コンテンツをフィルタリング,スクリーニング,許可,または不許可にする。
(B)
コンテンツを選ぶ,選択する,分析する,または消化する。
(C)
コンテンツを送信,受信,表示,転送,キャッシュ,検索,サブセット,整理,再編成,または翻訳する。
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