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何処かの短編

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ちょっとおかしな短い話をときどきゆるりと書いています。
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#小説

銭湯

何処かの銭湯 風呂場の壁には掠れた富士山 女が二人、湯船でゆったり喋っている 「ニュース見た?」 「見た見た」 「まだ捕まってないんでしょ?」 「買い物どうしようかしら」 「誰も気付かなかったのかしらね」 「ほんとやんなっちゃう」 がらがらがら 扉が開き、熊が一頭入ってくる ちょっと大きめの裸の熊 「あら、熊さん」 「こんにちは」 「お仕事?」 「ええ」 熊は蛇口の前に座るとお湯をひねって体を洗い始める 風呂場に静かに響き渡るごわごわとした泡の音 ごしごしごしごし

たんす

何処かのリサイクルショップ 男が一人、店内をふらふらしている 倉庫は結構な広さで、まだ誰にも会っていない と、ふと足を止める男 目の前には渋めのたんすが一棹 抽斗を開けてみたり閉めてみたり 「気になります?」 不意に声が飛んできてびくっとする男 振り向くとエプロン姿の若い男が立っている 「それ、結構いいやつみたいですよ」 「あ、そうなんですね」 「ただなんでもしよかったら」 「え?」 驚いて値札を確認すると確かに赤字で0円と書かれている 「え、なんでただなんですか

レンタカーショップ

とあるレンタカーショップ 男が二人、駐車場でトランクを覗いている 「これが一番でかいんですよね?」 「そうですねぇ」 「んー」 「お引っ越しかなんかですか?」 「ちょっと、はい」 そのまま無言でトランクを見つめる男 店員もトランクを眺めながら男の次を待っている 風もなく、ただただ静か 「ちょっと入ってみてもらってもいいですか?」 「え?」 「ちょっと一回、具合を見たいんで」 「あ」 いまいち掴めていないまま、店員は取り敢えずトランクへ入る いつも通りの笑顔の接客 「

花屋

とある花屋 店員が一人、レジで作業をしている こぢんまりとした店内は今日も色とりどり と、男が一人やって来る 「いらっしゃいませぇ」 店内を見て回る男 「すみません」 「はい」 「ひょうたんてあります?」 「ひょうたんもう全部出ちゃったんですよぉ」 「あ」 「さっきまであったんですけど」 どうしたものか 男は他の手を考える 「舌先さんの家へ行かれるんですか?」 「あ、はい」 「本当ついさっき、女性の方が」 「あ、そうなんですね」 「ありがとうございました」 男

何処かの川 男が二人、椅子に座ってのんびり釣りをしている 今日はまだ一匹も釣れてないけど特に気にしていない様子 「透明人間て見たことあります?」 「透明人間ですか? いや、ないですね」 「私昨日見たんですよ」 「えー」 「自販機でジュース買って飲んでたんですね」 「はい」 「そしたらごとんて急に飲み物が落ちて来て」 「おお」 「で、ぱって見たら」 「お」 突然男が勢いよく釣竿を引き上げた 話していた男もつられて視線を隣の男の浮きへ移す 「きました?」 「いや、逃げられま

カウンター

とあるカウンター 男が一人、日本酒と小皿で一杯やっている 向うで刺身を盛り付けている大将の手際 ちびちび 「それなんですか?」 振り向くと男がにっこり笑っている 「はい?」 「それなんですか?」 「あ、えっと、菜の花の酢味噌和えです」 「一口貰ってもいいですか?」 「あ、どうぞ」 男が小皿を差し出すと、隣の男は会釈を済ませて菜の花を摘まむ 「あー」 「美味しいですよねぇ」 「もう一口貰ってもいいですか?」 「どうぞどうぞ」 遠慮なく二口目を摘まむ男 男も特に気にし