序文 関節可動域(Range of motion: ROM)の測定は、アスレティックトレーナーにとって、関節機能、非対称性、そして治療効果を客観的に評価するために必要不可欠なスキルです。角度計は、使いやすくコストが低い上、多くの研究で信頼性と妥当性が実証されていることから、臨床的なROM測定の方法として長い間好まれてきました。一方、測定する部位によっては、角度計の長さの問題や解剖的目印の基準点を定める困難さという部分で、ある程度の誤差が生じる場合があります。そこで最近では、スマートフォンを使ったROMの測定が研究及び臨床現場で広がってきています。スマートフォンには加速度計、ジャイロスコープ、磁力計などの内蔵センサーによって、角度や位置のずれを測定するのに必要な機器が備わっています。本論文はそんなスマートフォンを使ったROMの測定に対する信頼性と妥当性をまとめたシステマティックレビューです。
論文概要 背景 関節可動域の測定は多くの医療従事者にとって重要なスキルである。一般的な角度計は関節可動域を測定するための最も一般的な臨床ツールであるが、スマートフォン技術とアプリケーション(アプリ)の進化により、臨床家はより多くの測定方法の選択肢を手に入れることができるようになった。しかし、これらのスマートフォンやアプリの使用に関する信頼性や妥当性は、まだやや不確かである。
目的・仮説 本研究の目的は、関節可動域を測定するためのスマートフォンやアプリの検者内および検者間の信頼性と妥当性に関する文献を系統的にレビューすることである。
方法 対象となる研究は、英語で書かれた全文が入手可能な査読付きの学術誌に掲載され、18歳以上の被験者の関節可動域を測定するための非グラフィックスマートフォンアプリ(映像・撮影を伴わない測定アプリ)の信頼性と妥当性の両方、もしくはどちらかの評価を含むものとした。電子検索はPubMed、Medline via Ovid、EMBASE、CINAHL、SPORTSDiscusを用いて実施した。バイアスのリスクは標準化された評価ツール(Critical Appraisal Tool:CAT)を用いて評価した。
結果 対象となった37件の研究のうち35件が、バイアスリスクが低いと分類される60%以上のスコアを超えていたが、評価ツールCATの13件の基準のうち2件(検査の順番はバラバラだったか、統計的手法は研究の目的に適切であったか)は50%以上の研究で達成されていなかった。
検者内信頼性 26件の研究が検者内信頼性を評価しており、10件の研究が相対評価指標のみを、1件の研究が絶対評価指標のみを、残りの15件の研究が相対評価指標と絶対評価指標の両方を報告している。iPhone 4を用いて相対的な検者内信頼性を評価したすべての研究を考慮すると、該当する6つの研究すべてが、スマートフォンアプリが適切な相対的検者内信頼性を有していることを実証している。17件の研究のうち13件の研究では、調査した関節動作の50%以上について標準誤差(Standard error of the mean: SEM)または最少可検評価量(Minimal detectable change: MDC)が<5°または誤差の許容範囲(Limits of agreement: LOA)が<±9.8°で定義される良好な絶対検者内信頼性が報告されており、この閾値を満たさない研究は4つしかなかった。
検者間信頼性 25件の研究で検者間信頼性の側面が評価され、13件の研究では相対的評価指標のみの報告、そして12件の研究では相対的評価指標と絶対的評価指標の両方が報告された。25件の研究のうち23件が、級内相関係数(Interclass correlation coefficient: ICC)>0.75で定義される優れた検者間信頼性を、調査した関節運動の50%以上で実証しており、相対的検者間信頼性については、この閾値を満たさない研究は2件のみであった。11件の研究のうち6件が、検討した関節運動の50%以上についてSEMまたはMDC<5°またはLOA<±9.8°で定義される絶対検者間信頼性が良好であると報告しており、5件の研究はこの基準を満たさなかった。
妥当性 30件の研究のうち7つの研究が相対的指標のみ、5つの研究が絶対的指標のみ、18件の研究が相対的指標と絶対的指標の両方を報告した。25件の研究のうち20件の研究は、ICC>0.75、ピアソンの積率相関係数(Pearson’s product moment correlation: r)>0.9、または一致相関係数(Concordance correlation coefficient: CCC)>0.95によって定義される実質的な相対的妥当性を、調査された関節運動の50%以上で観察し、他の5つの研究はこの基準での閾値を満たさなかった。23の研究のうち17の研究では、検討した関節運動の50%以上で、SEMまたはMDC<5°またはLOA<±9.8°で定義される実質的な絶対的妥当性が観察され、6つの研究ではこの絶対的妥当性の閾値を満たしていなかった。
結論 当研究は、関節可動域を評価するためのスマートフォンやアプリの検者内、検者間、妥当性に関する比較的強いエビデンスを提供するものであり、これらの結果は、複数の関節、関節動作、対象者群、スマートフォン、アプリにまたがって観察される傾向にある。このような結果は、臨床家がROMを定量化するために、比較的多様なスマートフォンやアプリを使用できる可能性があることを示唆している。絶対値が評価された場合に相対値に比べてエビデンスが弱かったことから、縦断的に評価する際には、異なる評価装置(角度計とスマートフォンベースのアプリなど)を切り替えずに行うことが不可欠である。
まとめ 2007年から2018年の間で出版された37件の研究結果と本論文のシステマティックレビューより、ROMを測定する際にスマートフォンが信頼的かつ妥当なツールとして使えることが明らかになってきました。スマートフォンを一人一台手にする現代において、角度計がそばになくても、スマートフォンさえあればいつでもどこでもROMが測れる時代になりました。もちろん、スマホを角度計の代わりとして使う際の注意点やプロトコルの明確化などの課題はありますが、測定する場所・環境や身体の関節部位によって、スマートフォンが角度計の代替物として広く使われる日も近いかもしれません。
Reference
Keogh JWL, Cox A, Anderson S, et al. Reliability and validity of clinically accessible smartphone applications to measure joint range of motion: A systematic review. PLoS One. 2019;14(5):e0215806. Published 2019 May 8. doi:10.1371/journal.pone.0215806
文責:井出智広 編集者:姜洋美、岸本康平, 柴田大輔, 杉本健剛、水本健太(五十音順)