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短期集中連載 日本のベース・レジストリ戦略とJASTPROコードの未来 第1話(全3話) 「世界と日本のベース・レジストリ」

【初出:月刊JASTPRO 2022年1月号(第513号)】

今回より、「日本のベース・レジストリ戦略とJASTPROコードの未来」 と題した短期集中連載を3回に分けてお届けします。第1回では、ベース・レジストリとは何か、世界の先進事例、日本の現状と課題をご紹介いたします。

1.      ベース・レジストリとは?

ベース・レジストリという言葉をご存じでしょうか。「また新しいカタカナ言葉が出てきたな」という声もありましょうが、まずは日本政府による定義を確認してみます。

2020年12月21日に公開された『データ戦略タスクフォース 第一次とりまとめ』という政府デジタル・ガバメント閣僚会議決定によると、ベース・レジストリは「公的機関等で登録・公開され、様々な場面で参照される、人、法人、土地、建物、資格等の社会の基本データであり、正確性や最新性が確保された社会の基盤となるデータベース」と定義されています。また同文書では『ベース・レジストリ・ロードマップ』が別紙として用意され、具体的な整備方針が記されました。

ベース・レジストリは「全ての社会活動の土台であり、デジタル社会における必須の環境」とあり、「データ活用環境の中核となる」とも記載されています。キーワードとして出てくるのは「ワンスオンリー」「ワンストップ」「スマートシティ」「データマネジメント」・・・カタカナばかりで閉口しますが、ITに関わる用語は日本語に言い換えると却ってわかりにくくなることも多く、これは仕方がないことなのかも知れません。

ここでは、「ワンスオンリー」と「データマネジメント」について簡単に触れてみます。この二つはとても大切な考え方で、一度登録したデータはきちんと管理した上でとことん再活用しましょう、というものです。これが実現されると、役所でいったん手続きを行えば、再度同じことを別の手続きの際に書かなくても良くなります。もうこれだけで便利さが実感できるのではないでしょうか。

例えば、2020年の新型コロナ禍で記憶に新しい特別定額給付金申請を思い出してください。この時は、国はオンラインでの申請を推奨したものの、データの不備が続出して紙で処理した方が早いとする自治体が相次ぎました。「ワンスオンリー」も「データマネジメント」も実現できていないことを示す、大変残念な事例です。

この例からもわかるように、現時点の日本は社会活動における土台が実はしっかりしておらず、デジタル社会を実現する準備が整っているとは言えない状況です。ベース・レジストリの整備を政府が急いでいる理由もわかります。それでなくてもIT後進国と揶揄される日本がデジタル化でまた世界に後れを取ってしまえば、今度こそ本当の意味で時代遅れのオワコン国家になってしまうことでしょう。

2.      世界の状況と先進事例

さて、世界は今どうなっているのかも確認しておきましょう。政府・IT総合戦略室が公開した資料によれば、参考情報としてデンマーク、オランダ、チェコ、スロバキア、エストニア、英国、米国、韓国、中国、シンガポール、インドなどの状況を調査・整理しており、「個人、法人、土地、不動産、自動車を、ベース・レジストリにしている国が多い」と分析しています。

ここでは例としてエストニアの事例(※)をご紹介します。エストニア共和国は、北ヨーロッパに位置する人口約133万、面積は45,227平方km(九州本島のおよそ1.23倍)の国で、バルト三国の最も北に位置しています。エストニアでは今から30年も前の1990年代からデジタル社会を整備し始めてきました。バルト三国は、1991年にソビエト連邦から独立し、エストニアは、伝統的にロシアへの警戒心が強く、1991年の独立以来、欧州への復帰を目指し、北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)加盟を最大の外交目標とし、2004年3月及び5月にそれぞれ加盟を実現し、EU寄りの外交基本方針をとっており、安全保障政策の観点からも電子化を進めているとの分析[9]もあります。

目的はともあれ、エストニアでは、国民が持つIDカードひとつでさまざまな機能を利用することができます。EU域内を移動できるパスポート・健康保険証として活用できることはもちろん、選挙における電子投票も実現しており、すでに約半数弱の投票が電子化されています。公共サービスは既にオンライン移行しているため、新型コロナ禍におけるロックダウンの際も、99%のサービスが問題なく続行できたとのことでした。他にも、子どもが生まれたら自動的に福祉サービスが提供される仕組みが整っているなど、一歩進んだ社会が実現しています。

エストニア国民は自分自身のデータを保有することが前提で、オンラインで誰が自分のデータを見たのかを確認することも出来る仕組みがあるとのこと。国民のITリテラシー向上とプライバシー保護の仕組みの確立も大きなポイントと言えましょう。

当然ながらこのような社会を実現するまでの道のりは険しかったものと推察されます。特にデータ管理や閲覧に関するルールの整備を通じた透明性の確保と信用の構築をどのように実現したのか。技術的な側面だけでなく、社会的な側面からも学ぶことは多そうです。

※エストニアの情報・事例は以下のサイトを参考にしました。

3.      日本における取組み:問題点と課題

それでは、日本の現状を確認するため、『ベース・レジストリ・ロードマップ』をもう一度参照してみます。

まず、ベース・レジストリについては「レジストリという単語が示すとおり『正規に登録された情報』」であることが強調されています。これは2022年5月19日に公布されたデジタル社会形成基本法においても、第31条においてベース・レジストリを「公的基礎情報データベース」と言い換えていることからも読み取れます。そして「日本では台帳等が相当する場合が多い」という説明があります。

すでに台帳がベース・レジストリであるかのような記述ですが、残念なことに現時点で存在する正規に登録された情報、つまり台帳の類はベース・レジストリとして使い物になりません。もともとデジタル前提ではない環境で整備された台帳ですから、基本は「紙」。デジタル情報として活用するには超えるべき大きな関門が存在します。

例えば、日本では漢字・ひらがな・カタカナといった多様な文字種が使われています。アルファベットしか使わない欧米とは比較にならないレベルで日本語のコンピュータ利用が難しいことは、昔からコンピュータを利用されていた方には強く共感いただけることでしょう。多様な文字種は高い表現力を実現する一方で、表記の揺れ、あるいは同じ読み方でもさまざまな字体が存在するなど、標準化を困難なものとしています。漢字を本格的に取り扱う登記情報などの行政システムが本格稼働するのは1980年代も後半に入ってからのことです。

また、いったん電子化されていたとしても、文字入力ソフトに登録されていない「外字」がそのまま残っているという問題もあります。「ト(カタカナ)」と「卜(漢字、ぼくと読む)」、「ー(長音記号)」と「-(マイナス記号)」のように、コンピュータが解する文字コードは異なるが、人が文字の見た目の形状で混同し誤入力されてしまった例もあります。さらに、グローバル化により中国など漢字圏の国の人名、社名などの正字表記に使用されている文字種や文字コードの取り扱い方もますます重要になっていきます。

こういった例によって同じ事物を示すはずの情報に別の文字が使われ、結果として別のレコードとして扱われてしまうとレジストリが正しく機能しなくなります。そのため、まずは標準化された文字基盤を利用したり、コードを上手に設計したりという対策を行った上で既存の情報をデジタル化していく必要があります。これが大変骨の折れる作業であることは想像に難くありません。

そして、すべてのデータベースをゼロから完璧に構築するのは現実的ではありません。そこで、社会的ニーズや経済効果、即効性の高いものについては、今ある情報源を活用して整備するというアプローチを取ることになっています。2021年5月には、『ベース・レジストリの指定について』という文書が公開されました。ここでは「早期にベース・レジストリとしての利活用を実現するものとして指定するデータ」を区分1として既存のデータを指定し、「今後ベース・レジストリとして整備のあり方を含め検討するものとして指定するデータ」を区分2としてゼロベースに近い状態から整備していくという戦略が書かれています。

表1:区分1として指定する法人分野の情報(『ベース・レジストリの指定について』より抜粋)

表2:区分2として指定する法人分野の情報(『ベース・レジストリの指定について』より抜粋)

 

ここでは、例として同文書より区分1と区分2に分類されたデータのうち法人分野のデータをご紹介します。表1が区分1.表2が区分2に分類されたデータの一覧です。区分1では具体的な既存データが指定されており、まずは使ってみてベース・レジストリの効果を実感していこうという意図が読み取れます。そして表2に示された区分2では、法人における事業所情報のように「マスターデータを整備する必要あり」として、デジタル社会実現のために欠かせないが今は適したデータがなく、これから整備していくべきものが挙げられていることがわかります。

ただし、このデータ選定にはやや疑問も残ります。ベース・レジストリは現実世界をデジタル世界と一致させる「デジタルツイン」(大量の質の高い信頼できるデータが相互に連携し、「地理空間、ヒトや組織、時間」といった構成要素から成り立つ現実世界をサイバー空間で再現すること)を実現させるためのデータベースですから、データのトラスト(「該当データが主張されているとおりのものであること(真正性)」、「該当データが改ざんされていないこと(完全性)」の点が確保されることを指す)は何にも増して重要です。法人における指定データとして登記情報が挙げられていますが、登記は現場に赴き存在確認するわけではなく書類審査によって行われるもの。ペーパーカンパニーを設立できてしまうような情報は果たしてベース・レジストリとして適しているのでしょうか。無論これは登記情報に限った問題ではなく、既存データの活用やこれから区分2として選定・構築するデータにも当てはまります。時間やコストをかけすぎることなく実在と情報を一致させ、さらには一定期間毎に確認することで情報の鮮度を保つような取組みも、ベース・レジストリの健全な運用には欠かせないアクティビティになっていくでしょう。

以上、連載第1回はベース・レジストリの概要や課題をご紹介いたしました。次回はJASTPROコードについて。当協会にしか出来ないレベルで徹底的に掘り下げた内容をお届けします。お楽しみに。

(つづく)

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