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「鬼滅フォーマット」は、新時代の勝算テンプレート?映画館と動画配信の意外な共存共栄関係

劇場版「鬼滅の刃」が公開となってから、その勢いが衰えず、史上最速わずか45日間で275億円を突破し、国内の興行収入記録で歴代2位の数字となりました。この勢いのままだと、歴代1位『千と千尋の神隠し』(2001年公開/累計興行収入308億円)の記録を塗り替えるのは、もはや時間の問題です。

劇場版『鬼滅の刃』の大ヒットは、言うまでもなく「作品の力」があっての話ですが、その中で今回の大ヒットの裏に立てられた「戦略」が非常に興味深いです。

それから、事前に言っておきたいのですが、本記事では「鬼滅の刃」その作品力についてではなく、あくまで「コンテンツのマネタイズ」という観点でフォーカスしていきたいと思います。

「鬼滅の刃」の戦略は、新時代の勝算テンプレート?

今回の「戦略」を個人的に「鬼滅フォーマット」と呼んでいます。
まず「鬼滅フォーマット」の配信フローを見ていきましょう。

「鬼滅の刃」の配信・公開の時系列
① 原作(マンガ)のジャンプ連載
(2016年2月15日〜)

② 原作(マンガ)の単行本発売(2016年6月3日〜)

③ アニメ版のテレビ放送(2019年4月6日〜)

④ アニメ版のデジタル配信(2019年4月8日〜)

⑤ アニメ版の劇場版公開(2020年10月16日〜)

「マンガの人気が出て、アニメ制作が決まり、テレビ局で放送して、最後は劇場版を公開する」という一見よくある流れですが、ここで注目していきたいところは2つあります。

① デジタル配信は、「レンタル(都度課金)」ではなく「観放題」を選んだ
② 劇場版は「スピンオフ」ではなく「一話」

これは大きなチャレンジであって、そして、今回のような興行収入(マネタイズ)につながったと思います。

アニメ版の配信は、「レンタル・購入」ではなく「観放題」

『鬼滅の刃』のアニメ版は、これまで『活撃 刀剣乱舞』や「Fate」シリーズなどのヒット作を手掛けてきアニメ制作会社「ufotable」が制作し、一切妥協なく莫大な制作予算をかけています。テレビ局の放送とほぼ同じタイミングに、動画配信サービスにも配信開始しました。

旧作だと「観放題」にするケースが多く、新作だと「レンタル・購入」という都度課金にするケースが多いです。「レンタル・購入」だと視聴料金がその都度発生するため、「観放題」よりも売上の回収をしやすいからです。

しかしながら、莫大な制作費をかけたにもかかわらず、『鬼滅の刃』は「観放題」を選びました。

この施策で、作品の認知度が一気に広がりました。

おそらく、これは最初から「劇場版」の公開という計画があって、あくまで

デジタル配信の目的は「認知」>「売上」

が目的で、テレビ放送とデジタル配信はどれも回収のタイミングではなく、その後公開する劇場版で一気に売上を回収するために、最大限に認知をあげるという戦略を取っているのではないか、と思います。


原作の「スピンオフ」ではなく、「一話」として劇場公開

「名探偵コナン」や「クレヨンしんちゃん」などのテレビアニメやドラマは、これまで原作に書かれていない「スピンオフ」を劇場版として公開するのがほとんどです。
しかし、今回の「鬼滅の刃」はスピンオフではなく、アニメ版の26話その続きの内容となっています。そのまま配信していたチャンネル(テレビ&動画配信サービス)を使って配信するのではなく、「映画館」に変えて配信しています。

アニメ版の一話の長さは、オープニングソング、エンディングソングと
予告(裏話)の時間を除くと、本編の内容が約20分です。今回の劇場版の長さが約2時間(117分)なので約5〜6話分です。そのまま配信すると、27話〜33話になるでしょう。

テレビ&動画配信サービスを使って配信するのではなく、「映画館」にした理由について、本当のところはわかりませんが、個人的な推測として映画館は、売上を最大限にできる素質を持っているチャンネルだからだと考えます。それについて、以前の記事「劇場版「鬼滅の刃」の大ヒットから証明された、映画館の価値。」で詳しく書きましたので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。「鬼滅フォーマット」=最大限なブームとマネタイズの作り方

「鬼滅フォーマット」=最大限なブームとマネタイズの作り方

上記の配信・公開の時系列を踏まえて、一旦「鬼滅フォーマット」を整理してみると、

① 原作(マンガ)のジャンプ連載

② 原作(マンガ)の単行本発売

③ アニメ版のテレビ放送【→原作の露出度を最大限に高める】

④ アニメ版のデジタル配信【→原作の露出度を最大限に高める】

⑤ アニメ版の劇場版公開【→原作の売上を最大限に回収する】

という戦略が見えてきます。

「⑤アニメ版の劇場版公開」が回収期・収穫期だと考えたとすると、「③アニメ版のテレビ放送」と「④アニメ版のデジタル配信」は「原作」の認知度を最大限に持ち上げるための施策であることが推測できます。

↓興味ある方は、下記のサイトから確認できます。



そして、「鬼滅フォーマット」の最大の特徴として

① 動画配信サービスを「認知の土台」にして、レンタル・購入ではなく「観放題」で最大限に露出させる・見てもらう
② 映画館を「収穫のチャンネル」にして、スピンオフではなく「一話」を劇場版として公開し売上を回収する

が挙げられます。


「鬼滅の刃」は、嫌われるリスクを背負ってチャレンジしていた

「鬼滅の刃」は今回の一連の施策で、一つの大きなことを証明してくれました。それは、放送していたアニメ版の続きを映画館で公開しても、ファンに嫌われなかったことです。
前述のように「鬼滅の刃」アニメ版をテレビ・動画配信サービスでそのまま放送するのではなく、続きの話を映画館に移して公開しました。
つもり、テレビ放送・動画配信サービス(都度課金ではない)→ 映画館(都度課金)ということになります。

もともと都度課金をしなくても見れていた視聴者からしたら、「なんだ、結局、その続きは課金しないと見れないじゃん!」と嫌われる可能性が十分にありました。
しかし、結果的に嫌われることなく、むしろ、1回以上映画館に足を運ばれてファンに応援されています。この大胆な試みに、本当に感服しています。

そして、嫌われなかった理由について、「作品力で作品への愛が生まれた部分」と「劇場で上映しても全く違和感のない、圧倒的な画力」はもちろん大きいですが、配信チャンネルぞれぞの特徴を利用してうまくバランスを取れていた部分も大きいと考えています。

具体的に説明すると、仮にYoutubeのような無償で視聴できるチャンネルで、ずっと無償で配信していて、途中から「その続きを見たければ、映画館にお金を払って観てください」となると、反発や離脱が少なくとも起きていたでしょう。

しかし、

●テレビ放送
ライブ配信なので、視聴者にはお金がかからないですが、その時間帯&1回しか見れないというリミットがある
↓サービス利用者「映画館でやっている限り、課金すれば観れるというリミットが解消されるから納得できる」
●動画配信サービス
観放題の作品に含まれていたので、その都度課金する必要はないですが、動画配信サービスを利用する時点で月額費用が発生しているので完全に無償ではないのと、新作が観放題に含まれないことが多く、レンタル・購入する必要がある
↓サービス利用者「もともと全く無償で見れたわけでないのと、新作と同じように課金するのは当たり前だから納得できる」

のような感覚があるため、劇場版に持っていったときには、すでに納得されやすい環境が作られています。

「鬼滅フォーマット」は、コンテンツオーナーにとって大きなヒント

テレビ局がオリジナルドラマを制作していることが多く、ドラマそのもののオーナーになっていることも多いです。

この「鬼滅フォーマット」を社会現象となった「逃げ恥」や「半沢直樹」ののようなTVドラマに当てはめて、例えば最終話をテレビ放送ではなく、劇場版として映画館で公開したらどうなるか考えてみると、

興行収入 > 広告収入

となり、広告収入よりも大きな興行収入を収める可能性もあるのではないでしょうか。

劇場公開が終わったら、テレビで放送するという施策もありかと思います。劇場版で公開したからといって、テレビで放送できない制限もないので、早く見たい人は劇場で見て、別に今すぐ見たいわけではない人は、テレビ放送や動画配信を待っていればよいと思います。

良質なコンテンツが量産されるエコシステムが形成

わざわざ劇場版にしてお金を取るのはどうかと思う方もいらっしゃると思います。
しかし、コンテンツの売上は制作者にとって次のコンテンツを作る原資です。
コンテンツの制作者に売上が少ない・入ってこないとなると、継続的に良いコンテンツを作り続けられなくなり、負の連鎖になってしまいます。その結果、世の中にも消費者にも良いコンテンツが届かなくなります。

とくに、コンテンツ産業は、必ず売れるとは限らない、むしろ、売れているのは本当にほんの一部しかいない、という厳しい業界です。

消費者の手元に届くまで、コンテンツにはどうしても多額の制作費・宣伝費の負担が避けられないため、制作会社は大きなリスクを背負っています。

売れるフォーマットができるということは、次のコンテンツを作る原資を確保できるということになるので、良質なコンテンツを作り続けられるサイクルが生まれます。最終的に、また良質なコンテンツが消費者の手元に届きます。

日本の素晴らしいコンテンツが継続的に量産され、それが世界中に広がることは、私たち「映画ランド」も目指しています。



「鬼滅フォーマット」は、映画館にとってもプラス材料

今回の「鬼滅フォーマット」は、映画館を活用しているので、前述のように、もしこれからいろんなコンテンツもこの「鬼滅フォーマット」を起用するとなれば、ドラマやTVアニメの続きの話を映画館で配信するという一つ大きなシーンが増えるので、映画館にとってもプラスな材料だと感じます。


「鬼滅フォーマット」から見えた、「動画配信」と「映画館」の共存共栄関係

新作映画はこれまで必ず先に映画館で公開して、しばらく経ってからDVD発売や動画配信をしています。しかし、コロナで日本だけではなく、世界中の映画館が休業を余儀なくされていました。そのため、劇場公開を控えていた新作が映画館で公開できなくなり、先に動画配信サービスで公開する雰囲気が一気に世界中に漂っていました。

映画館と同じタイミング、もしくは映画館よりも早く配信を開始すると、映画館に行かなくても観れるというリミットが解放されるので、映画館からしたら動画配信サービスはライバルでしかないです。

しかし、「鬼滅フォーマット」は「動画配信サービス」で最大限に認知度を上げて→「映画館」で最大限に売上を回収するというそれぞれの強みを活用しているので、敵対というより、むしろ、共存共栄の関係です。

劇場版が大ヒットしたことで、まだアニメ版を観ていなくて気になっている人はアニメ版を観るために動画配信サービスに加入するので、動画配信サービス事業者にとってもプラスでしかないです。

「鬼滅の刃」の大ヒットに賛否両論の声も

また、本題と少しそれますが、「鬼滅の刃」の大ヒットによって「鬼滅の刃」以外の作品が上映回数を大幅に減らされて興行収入が下がったという話も耳にしています。
個人的な考えとして「鬼滅の刃」のヒットというより、映画館のキャパシティ(スクリーン数) と 映画館の来場頻度が課題だと感じます。

「鬼滅の刃」の上映回数を増やしたところで、ニーズがなければ来場されないので、当然、映画館も途中から上映回数を減らしていきます。映画館・スクリーンの数が多ければ、「鬼滅の刃」の上映回数を増やしながらも、他の作品の上映回数の一定数も確保できますし、映画館の来場頻度が高ければ、「鬼滅の刃」だけではなく、「鬼滅の刃」も観て他の作品も観るという流れになると思います。
それから、「鬼滅の刃」の大ヒットによって、コロナの大打撃から救われた映画館もありますし、映画館に行くことを懸念していた人たちにとっても映画館に行くきっかけになっているので、これから公開される作品にとってもプラスなのではないかと思います。

最後に、「鬼滅フォーマット」を活用できるのは、映画館に流す前に認知を上げるための原作がある作品に限るので、原作がないオリジナル映画にとっては難しいかもしれません。

とはいえ、このフォーマットを活用できる作品であれば、コンテンツオーナーにとっても、配信チャンネル(テレビ局・動画配信サービス・映画館)にとってもwin-winになるので、これが映画業界にとって大きなヒントだと感じます。

この「鬼滅フォーマット」がどこまで良い変化をもたらしてくれるのかは、個人的にとても楽しみにしています。


映画業界・映画館をサポートしているプラットフォーマーとして、
これからさらに良質なコンテンツが量産されるエコシステムが形成されることと、映画館を活用するシーンが増えることを願っています。

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