有難い出来事
サイゴンで香ったジャスミンを思い出して
私の名前はジャスミンの花の漢字表記を使ってる。母親が「昔の女優さんの名前なのよ。字の見た目が華やかでしょ。見た目で決めたの」と命名の理由を教えてくれた。もちろん、父親の意見どおり子どもの子が付くのは昭和生まれの常。茉と莉の画数が多くて、小さい頃、テストの度に名前を書き終えるのがクラスで一番最後な気がして、解答に取りかかるまでの時間はいつもハラハラしてた。
その頃はジャスミンの花のことすら知らなくて、花の名前を使っていると改めて自覚したのは予備校時代だった。予備校の先生から「ジャスミンはさ~」と言われて「?」となったあの日。「自分の名前の由来、知らないの?」と笑われたっけ。「ちなみに、ジャスミン茶は暗記に良いから飲みなさい」と言われて初めて飲んで。なかなかクセがあって苦手だなって思ってたけど、飲み続けてるうちに飲めるようになって。いたく健気な学生だったと思う。
ジャスミンが自分のモチーフのように感じて、大人になってからはジャスミンの香りがする香水やアロマキャンドルをよく買っていた。でもなかなか、本物のジャスミンの香りがするものには出会えなかった。結局、途中で飽きて、また別のものに買い換えての繰り返し。花の香りを閉じ込める技術なんてないのかもしれないと思ってた。
それが、ついに出会えた。本物の、あの優雅なジャスミンの花の香りがする香水に。パッケージの可愛さに足をバタバタさせながら封を開け、香ってみると、大袈裟だと思うだろうけど、目の前にジャスミンの花があるような、そんな感覚になった。ホーチミンでジャスミンを香ったあの場所は、そういえばGUCCIの店舗の前だったかもしれない。
ここ数年、一人の力で歩いてても手に入らないものが手に入ったり、それこそ手を差し伸べてくれたときにそれを受け取れるようになってきた。気がする。少しずつだけど。相手が自分のことを考えてくれ、探してくれ、「はいどうぞ」と手渡してくれる。なんてありがたいことだろう。今までの私なら「私にそんな資格はない」と完全に受取拒否してた。今となっては何て勿体ないことを!と思うけれど、自分には価値がないと思って生きてきた人間は、そう簡単に人からの善意を受け取れなかったのだ。
受け取ることを許可したら、一人じゃ到底手に届かなかった物や場所にすら辿り着けることもある。それこそまさか、GUCCIの香水を纏うことが出来る日が来るなんて、ね。
ちなみに、ジャスミンの花言葉は「愛らしさ」とのこと。いつまでも、人としての愛らしさを持ち続けていきたいものです。
感謝を込めて。
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