映画「夜明けまでバス停で」

【 夜明けまでバス停で 】

鑑賞中ずっと心が押し潰されそうだった。

2020年11月に東京都渋谷区幡ヶ谷のバス停で、路上生活者の女性が殺された実際の事件をモチーフにした作品。
しかし、物語はリアルなエピソードと人間関係で再構築され、全く違う世界が展開される。

＊ネタバレあり。
これから観る予定でネタバレを良しとしない人は読まないことをお勧めします。

映画は、バス停のベンチで寝入る路上生活の女性が近所の潔癖症の男に襲われるシーンから始まる。
振り下ろされた石の入ったビニール袋が直撃する寸前で、居酒屋の場面に切り替わる。
これは周到な伏線だ。

チェーンの居酒屋で住み込みバイトをする板谷由夏演じる三知子は折しも世界を席巻した新型コロナウイルスの影響で職と住まいを失う。
ジャパゆきさんのマリア（ルビーモレノ）と純子（片岡礼子）の3人が一緒に解雇されたのだ。
家族とは折り合いが悪く頼るわけには行かない三知子は部屋を出るために荷物を整理している。
大型のキャリーケースに荷物を詰める。
このキャリーケースで襲われる路上生活者が三知子であることが分かる。
さりげないヒント。
決まっていた介護施設での仕事もコロナのせいで断られる。
その職員はあめくみちこ。
ほんの短い出番だが演技と存在感はさすがだ。
ネットカフェも臨時休業で泊まる場所もない。
新宿西口、中央公園など路上生活者の溜まり場を通り過ぎる三知子。
特に説明的なシーンはないが、男性でほとんどを占める彼らの中に入る勇気がないのだろう。
ドラッグストアで特売の生理用品や見切り品のパンを買い込む。
公園や駅のトイレで歯を磨き顔を洗う。
飲食店から出たゴミを漁り残飯を口にする。
店員に見つかり追い払われ逃げる。
行き着いた先は終バスが出た後の幡ヶ谷のバス停のベンチ。
キャリーケースにもたれて一夜を明かす。

やがて古参の路上生活者のセンセイ（下元史朗）、バクダン（柄本明）、派手婆（根岸季衣）と少しずつ交流を持つようになる。

一方で職場だった居酒屋では店長の千春（大西礼芳）が恋人であるマネージャー（三浦貴大）の不正行為に気づく。
不正な会計処理と本社から支払われたはずの三知子たちの退職金の横領。
さらにバイトに対するセクハラ。
彼氏であるマネージャーを厳しく追及する。
再度退職金を払うことになり未納である旨を3人が署名する必要があり、マリアと純子には連絡がつき署名を得るが、三知子は音信不通。
千春は署名偽造する。
社員旅行で共有した位置情報アプリで居場所を突き止めて三知子の元に向かう千春は会社を退職した。

貯えが尽きて食事もろくに摂れず空腹のあまり公園で倒れる三知子。
駆け寄って助けたのは全共闘世代の生き残りのバクダン。
自分の住処で食事を振る舞い踏み込んだ話を交わす。
社会を批判する言葉は筋金入りの過激派そのもの。
迫真の演技。
不敵な表情。
爆破事件を起こしたのは自身の存在証明だったと語る。
三知子は自分も証明したいと爆弾を一緒に作り始める。
完成した時限爆弾を仕掛ける。
道の反対側から見守る三知子とバクダンと派手婆。
時間が来て爆発。
することはなく大笑いするバクダン。
フェイクだったのだろう。

バス停にいる三知子に気づいてかけ寄ろうとしたその瞬間、常日頃から三知子の存在を快く思っていなかった近所の住民の武彦（松浦裕也）は道端で拾った大きな石を詰めたコンビニ袋を三知子の頭めがけて振り下ろす。
千春が叫んで逃げ出した武彦。
実際の事件とは異なり三知子は助かるのだ。
この瞬間に冒頭の伏線が鮮やかに回収される。
観る者は実際の事件と重ね合わせ、また寸止めされた冒頭のシーンに誘導されて三知子も殺されるのだと、恐らく思ったに違いない。
殺されずに済んだ結末は救いであると同時に、現実の厳しさをあぶり出す。
現実はそんなに甘くないんだと。
新自由主義による格差社会。
不実な政治。
追い討ちをかけるパンデミック。
底辺で孤立するする貧困者たち。
救いのない世界。

社会的孤立、路上生活はほんの少し歯車が狂っただけで誰にでも起き得る可能性があることは、まともな想像力があれば簡単に想像できるはずだが、正常化バイアスはそれを許さない。
自分は勝ち組だと思い込んで負けた人々に石を投げる。

実際の事件では容疑者は自殺してしまう。
更にどこまでも救いのない現実の物語。

首都圏での上映は終わりを迎えつつあるが、まだ間に合う劇場でもう１回は観て、理解を深めようと思った。

2022.11.2 横浜・ムービルにて。
初見の曖昧な記憶と公式サイトのあらすじを元に記述したので多少の間違いはご容赦ください。
印象的で細かいエピソードももっと書きたかったが、長くなるので大幅に割愛した。
2020年から2022年を象徴する物語だと思うので、劇場で観てもらえたら幸いです。

映画「夜明けまでバス停で」監督:高橋伴明×主演:板谷由夏