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歴代芥川賞受賞作の人気ランキングを作った

はじめに

 映画や音楽には批評家が選んだオールタイムベストがたくさんあるのに、文学には無いのが不満だったので、代替になりそうな人気ランキングを作ってみました。文学全体は膨大すぎたので、今回は芥川賞受賞作に絞りました。

 人気の基準は、日本最大級のブックレビューサイト「ブクログ」の登録数です。おそらく(売上以外では)最もサンプル数が多い本の人気を表すデータであり、基準とするのに適していると思います。

 ちなみにブクログで人気の高い小説家は村上春樹、東野圭吾、伊坂幸太郎などです。ブクログの利用者はもともと年齢層高めのユーザーが多いでしょうから、40〜30代のライトな本好き(の男性?)の趣味がもっとも反映されたランキングと考えるのが妥当かもしれません。

「芥川賞の小説とか読んでみたいな…でも受賞作って星の数ほどあるしどれ読めばいいかわからないな…これだけ多いと逆に読む気なくなるな…代表作だけに絞って紹介してほしいな…」みたいな気持ちになっている人、もしくは「皆が読んでる人気作は絶対読まん!」という逆張りにこだわる人にオススメです。

表の見方

 ブクログは作品ごとではなく書籍ごとに登録数が記録されるため、単行本と文庫、旧版と新装版はそれぞれ別にカウントされています。これをすべて載せると膨大になってしまうので、今回は文庫版の登録数のみで比較しました(文庫化されていないものは除外しました)。そのため、『推し、燃ゆ』など文庫化前の2020年代の作品は扱えませんでした。

 また、ブクログの登録数はその性質上すぐに変動してしまうので、細かな数字には意味がありません。大まかな人気だけを示すために「上から一桁で四捨五入した概数」を載せています。

 さらに、いま現在書店で購入可能かどうかが人気に反映されている可能性も考え、Webサイト「ホンヤクラブ」で在庫切れ(実質絶版)かどうかの確認もしています。在庫有りのものはAmazonでも新品が買えるはずです。

 表の各項目は左から、受賞年、作者の生年、受賞時年齢、作家名、書籍タイトル、ブクログ登録数、主な文庫レーベル、在庫の有無となっています。

 以下、各年代別ランキングを紹介し、最後に総合ランキングの表があります。総合ランキングだけ見たい人は最後まで飛ばしてください。

戦前・戦中:もう新品では買えない

 まずは戦前・戦中です。この時代の受賞作は大半が文庫化されていません。数少ない文庫も全て在庫切れとなっていて、店頭で買うことは不可能です。

「戦前だし仕方ない」と思うかもしれませんが、同時代の太宰治らの作品などは普通に新品で売られているので、単にこの時代の芥川賞受賞作が後々に継承されていないだけの可能性も。実際、戦前の芥川賞にはそこまでの権威はなかったようです。

「代表作が読みたい!」という人はこの時代は無視した方がいいでしょう。逆に、皆が読んでいない奇抜な作品を探すのには最適な時代でもあります。

1950年代:最初の黄金時代、第三の新人と大江・石原世代

 戦前と比較して、登録数が跳ね上がっています。本屋で買うこともできます。一般に、56年の『太陽の季節』受賞以降、芥川賞がマスコミで取り上げられる大イベントになったと言われていますから、その影響も大きいかもしれません。

 この時代の芥川賞は、20年前後生まれで後に「第三の新人」と呼ばれた当時の中堅世代(遠藤周作、小島信夫、吉行淳之介、安岡章太郎、庄野潤三ら)と、30年前後生まれの青年作家たち(石原慎太郎、大江健三郎、開高健、60年受賞の北杜夫ら)が占拠しています。70年が経っても(比較的)読み継がれている彼らを世に送り出したこの時期は、芥川賞の黄金時代と言っていいでしょう。

1960年代:忘れられた谷間の時代

 50年代から数字が大きく下がっています。一方、受賞者の平均年齢は上がっています。目に見えて勢いが衰える谷間の時代です。しかし、これはあくまで現在の人気から見ての話です。

 石原・大江らの世代に続くはずの40年前後生まれの作家たち(庄司薫、柴田翔、丸山健二ら)は、華々しく賞を獲っていました。『されどわれらが日々──』と『赤頭巾ちゃん気をつけて』はどちらも100万部近いベストセラーになりました。『太陽の季節』の初版は20万部程度だったそうなので、むしろ60年代の方がリアルタイムの人気はあったようなのですが……。

 この世代には受賞作が代表作となる早熟な作家人生を送った人が多く、そのせいで現代まで作品が引き継がれなかったのかもしれません。

1970年代:団塊世代の登場、第二次黄金期

 文庫化された作品が増え、全体的な数字も増しています。たぶん、第二次黄金期です。

 70年代後半には、団塊世代やその直近の後輩にあたる50年前後生まれの作家(村上龍、宮本輝、中上健次、高橋三千綱、三田誠広ら)が一気に何人も登場しています。受賞こそしなかったものの、村上春樹もその一人です。『限りなく透明に近いブルー』は2010年代の大半の受賞作よりも読まれており、完全な純文学クラシックになっています。

1980年代:戦後最悪の暗黒時代

 10年20回受賞チャンスがあるはずなのに、在庫のある本が4冊しかない戦後最悪の暗黒時代です。ブクログのユーザー層が全く親しんでいないであろう60年代よりも読まれていないのはかなり悲惨です。

 受賞者の年齢に注目すると、団塊世代に続くはずの60年前後生まれの作家はほとんど活躍できていません。世代的にも停滞の時代です。上位2冊のカタカナ表題からはバブリーで軽薄な香りが漂っているので、バブル懐古が好きな人にはオススメできます。

1990年代:女性作家が前面に

 ここまであまり上位に入ってこなかった女性作家が多数ランクインしています。とくに80年代に出てこなかった60年前後生まれの作者が多く受賞しています。これ以降は概ね男女半々もしくは女性の方が多めで進行していくので、90年代にジェンダー面でかなり大きな変化があったようです。

 登録数も回復傾向ですが、90年代は現代とかなり地続きの時代ですから、必ずしも80年代と比べて人気が高いとは言いづらいところがあります。年齢高めのブクログ読者がリアタイしていた時代の割には、全体的に数字が高くないかもしれません。

2000年代:帰ってきた「若者の芥川賞」

 若い作家の受賞が増えています。綿矢りさ・金原ひとみのW受賞を筆頭に、80年前後生まれの若い作家が上位を占めています。90年代の70年前後生まれの作家が柳美里と平野啓一郎くらいしかいなかったのと比べると、若年化が進んでいます。

 登録数は過去最多ですが、この時代の作品は時と共に風化し、選ばれた作品だけが残っていく「時の洗礼」的なものにはまだまだ遭遇していません。「これから忘れ去られていく作品群」と見た方がいいでしょう。

2010年代:ロスジェネの時代

 00年代は80年代生まれが席巻していましたが、実は10年代も上位には同じ世代が割拠していました。彼らは共にいわゆる「ロスジェネ」ですが、10代の学生やフリーターだった『蹴りたい背中』や『蛇にピアス』の主人公と、30代半ばを過ぎてコンビニバイトや売れない芸人をやっている『火花』や『コンビニ人間』の主人公では「ロスジェネ」度合いがかなり違ってきます。

 芥川賞で扱われるような純文学は、小規模映画やマイナー漫画と並んで、現実で疎外されて週末のテレビドラマには影も出てこないような情けないポジションの人々を優先して描いてくれる数少ないメディアです。「ロスジェネ」世代は現実であまりに手酷く扱われているので、文学の世界では逆に存在感が増しているのかもしれません。

総合ランキング

 登録数2000超えに絞った総合ランキングです。各時代がいい具合にミックスされていて、ほどよく歴史が受け継がれていることがわかります。

 ちなみにブクログで最も読まれている小説は、村上春樹『ノルウェイの森』・百田尚樹『永遠の0』・森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』・有川浩『阪急電車』・伊坂幸太郎『重力ピエロ』などで、これらはいずれも50000程度の登録数があります。逆に言えば、10000にも満たない大半の芥川賞受賞作は、ライトな読書好きにとってはほぼ読まれていないようです。なので、「代表作だけ読みたい」という人は上位4作を読めばそれで十分でしょう。

 少なくとも「小説好きなんだ? じゃあ○○くらいは読んでおいた方がいいよ(笑)」的な言い方で人を威圧することができるのは(できませんが)『コンビニ人間』『火花』『蹴りたい背中』『限りなく透明に近いブルー』あたりに限られます。読んでいなくとも気にすることはなく、読んでいた場合は「私はオルタナティブな読書をしています」と自己紹介できる程度のマイナーさなのです。逆張り民はもっと芥川賞に注目した方がいいかもしれません。

おわりに

 表を作ってみて実感したのは、「本屋の店頭に並んでいる文庫本(在庫切れでないもの)」が非常に厳選されたブックリストであるということでした。こんな表を作らずに近くの本屋で適当に目に留まったものを買っても、私たちは自動的にタイムレスに評価されている「名作」を手にとることができます。

 これはよく考えるとすごいことなので、このすごさに敬意を表して、本屋さんに行く頻度を少しだけ増やすかもしれません。いや、よく考えると、店頭に並んでいるものがブクログでよく登録されているだけというマッチポンプの可能性もありますが……。

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