生活の最終回がくればいいのに

明日がある。さ明日がある。それが僕はめんどくさい。

だから生活に最終回があればいいのにって時々思う。

今から4年くらい前のことだろうか。

新卒で入った会社のことが今でもトラウマというか、あの無駄にピリピリした雰囲気やら事務職の灰色な感じとか常に監視され年が近い人も同期も一人もいなくて、、

いきなりパンパンに書いてすみません。

自分で言うのはどうかと思うが、僕は繊細な方で、他の人が耐えられないことは当然僕にも耐えられなくて。学生時代もみんながバイトしてる中、僕は4時間労働を週に2回で限界だった。

その新卒の職場には若い人が一人もおらず、みんなすぐに辞めたとのことだった。

そんな職場ではじめからうまくいくわけがなかった。

でも面接で受かるために必死だったし、雇ってもらえるのがそこしかなかった。

ちなみに僕はストレスで鼻血が出るのだが、面接当日、直前に鼻血が出た笑
確か時間をヅラして鼻血が止まるのを待ってくれたと思う。

そんな感じで入った職場だが。

仕事をおばさんに聞くしかなかったが、それも恐ろしくて。

この頃からお局とかおばさんも苦手になってしまった。

年が何歳からおばさんになるとかそういうのではなく、綺麗な人は好きなんだけど、いかにもおばさんっぽい見た目の人は大体おばさんで、、とても失礼な言い方になるがどうしてもダメで、、

そういう人と関わらないといけないのが、もう無理だった。

おじさんとかおじいさんは楽だ。
挨拶ちゃんとして事あるごとに「流石です。」って言っておけばいい。

学生時代にコンビニでバイトしてる時に自然と身についた。

でもおばさんは何で怒るかわからない。
突然機嫌が悪い日があったりする。

怖い。怖すぎる。

僕は毎日プルプル震えていた。


その会社を一ヶ月で辞めた時、制服は本社へ返してくださいと言われた。
僕はソッコーで返した。ちなみにその時対応してくれたのもおばさんで、怖かった。

「返しに来るのが早いですね?準備がよすぎですよ?」

と嫌味を言われた。

そしてそのおばさんからお世話になった支所へ挨拶へ行ってくださいと言われたが、どうしても行きたくなかった。

また別のおばさんに会わないといけないのか、、
もう無理だよ、、

どうするのか迷ってしばらく公園でモジモジしていた。

友達にLINEでこのことを相談すると

「行かなくていいよ。」と言ってくれた。

自分が一人で大丈夫って思うようにすることで逆に心の荷物を増やしていたけれど、友達が大丈夫って言ってくれた時、それを全て下ろすことができた。

下ろしたというよりもハンマー投げのように放り投げた笑

僕がモジモジしていた公園の前には細い川があって、そこに放り投げたなと今でも近くを通ると思い出す笑

やりたくないことをやらないのはこんなにもいいことなんだ。

その時に学んだ。


確かその日はラーメンを食べた。
体が軽くてなんでもできそうな気持ちがした。
どこまでも歩いていけそうだった。

この日が人生の最終回で、ハッピーエンドなんだ!


と思ったのも束の間。

そのまま旅行にでも行ってやろうかとも思ったが、お金がなかった。


実家に帰るとニートになっていた。

家族からの視線が辛かった。

次の日の朝、起きる必要もないのに起きた。

お金を稼がないと生きてる価値がない。わけではない。
そんなことはわかっている。

でも申し訳ない気持ちでいっぱいでとにかく気まずかった。

一応朝ごはんも食べたが味がしなかった。

母を見送った。自分はまだパジャマだった。
着替える服がない。

することもなくダラダラとテレビを見た。

実家の周辺はとても田舎で、住んだことがある人ならわかるが村社会的で、昼間にフラフラ散歩していると「あの家の子は働いていない」とかすぐ噂になるもんだ。

だから家から一歩も出れずにイライラした。
空気が重くて顔を洗うのも何もかも全てが面倒だった。

働くのは嫌だった。でもニートも嫌だった。

家族も僕も本当につらかった。


その年の6月の中頃。
母が車で事故をして突然家に帰ってきたことがあった。

10時ごろだっただろうか。

僕が寝転んでテレビをダラダラ見ているところに突然入ってきた。

雨で髪の濡れた母の顔が寂しかった。
二度と見たくない。

「事故を起こした、、」

聞き取れないほどの声でそういった。

続いて父も急いで家へ帰ってきた。


とにかく僕は気まずかった。


「なんとか働かないと、、」

と思い、仕事を急いで探した。


なんで生活って続くんだろうとつくづく思う。
最終回があればいいのに。

鳥取で最後の仕事をした2024年3月28日。
多分一生忘れない日付だ。

全てが終わった気がした。
その職場では僕は本当に大したことしてなくて、いろんな人に支えられていたにもかかわらず感謝される立場になった。

部屋を出る時、みんなが手を振っていた。
ちょっと泣きそうになってしまい急いで扉を閉めた。

あんないい日はもう二度と来ない。

その日が最終回でいい。

それで最高だった。



でも僕は死ぬわけではない。

その3日後、また労働が始まった。



楽しい時間もすぐに終わってしまう。

月に一度古着屋で服を買うことが僕の生き甲斐なんだが、その日が終わるとどうしてもまた一ヶ月働かないといけない、、って思ってしまう。

気にしなくてもいいんだけど、どうしてもチラついてしまう。


最近、ちあきなおみがサブスクで解禁された。
とりあえず「喝采」を聴いた。

日本の名曲中の名曲だ。

そして切ない。

大切な人が死んでしまっても生活は続く。
そんな失意の中でもスターになったちあきなおみには仕事があり、その日もステージで歌っていた。

最終回にしてやれよ!って本気で思った。


昨日は金曜日だった。

仕事なんてどうでもいい。
クビにしたけりゃやりやがれ。

って分かってはいるが、締切を守るためにちょっと頑張ってしまった。

パンクとかアナーキーとか心にいつも秘めているんだけど、現実では並に振る舞うことしかまだできない。

まだ、、できない笑

これが良くも悪くも教育で培われた習慣ってヤツだ。

僕らは課題を提出しなければ卒業できなかった。

そして社会人に卒業はない笑


金曜日が終わっても最終回でもなく、土日がきて月曜日がくる。

自己啓発的にやりたいことやろう!っていうのはよく聞くけど、まあ意外と間違ってはいないのかもしれないとか思ったりして笑

ほんとうにめんどくさい、、

でも死にたいわけでもないし、、

みんな頑張ろう笑







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