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デンマークにおける和食の普及とその課題

北欧研究所(Japanordic)

文責:内田真生
2021年5月

我々日本人が古来より口にしてきた和食は、2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」として、ユネスコ無形文化遺産に登録された[1]。来年2023年には、登録10周年を迎える。ユネスコに登録された和食とは、①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、②栄養バランスに優れた健康的な食生活、③自然の美しさや季節の移ろいの表現、④年中行事との密接な関わり、という要素を持つ、「自然の尊重」という日本人の精神を体現した食に関する「社会的慣習」のことを指す[2][3]。「日本食」も、厳密には定義は異なるようであるが、和食と同様の意味を表し、多様な山海の幸を使用し、米、味噌汁、魚や野菜・山菜といったバランスのとれた、食器や部屋にも凝ったトータルコーディネートを行った食事の習慣を指している。

和食が世界遺産となって約10年経つ今、北欧において和食とその文化は普及しているのであろうか?日本から国外へ向けた一大産業として、クールジャパンのように、その地位を確立しているのであろうか?
本稿では、筆者の住むデンマークに焦点を当て、この国の和食とその普及に関する課題について述べる。

デンマークで見る和食

近年、海外における和食レストラン数は増加傾向にある。少し古いデータであるが、農林水産省によると欧州の和食レストラン数は、2015年は約10,550店だったが、2017年には12,200店と2割増加している[4]。また、ユーザー生成価格比較サイトであるトリップアドバイザーには、2022年5月現在、コペンハーゲン市内に2,354件のレストランが登録されており、そのうち129件(約5%)が和食レストランである[5]。

デンマークでは、「和食」も「日本食」も「Japansk mad/Japanese food」と呼ばれている。メニューは、寿司、すき焼き、カツ、ラーメンなどに偏っている。また、食材についても、日本のような四季折々の食材が簡単に入手できる環境ではない。ここ数年で醤油やみりんといった調味料が、スーパーマーケットでも入手できるようになってきたが、アジアンショップや中華食材屋、オンラインショップが主な入手手段である。そして、価格も日本の3~4倍と高価である。何より、主食である米は、ジャスミン米やタイ米など、寿司やおにぎりにすることが難しい種類の方が多く出回っており、日本米自体を手に入れることは難しい。
日本食材全体について企業担当者に確認した所、欧州連合(EU)の規制[6]により、日本からの食材輸入の手続きが煩雑であり、市場価格の高騰に関係してくるため、食材の種類を増やすことは困難であるとしている。

コペンハーゲン近郊のアジアンショップの商品棚

そのため、デンマーク人の多くは、和食メニューとして、寿司、ラーメンやとんかつを認知しているものの、それ以外の料理を知らないことが多い。ただ、「和食はヘルシー」という認識は持っているようで、肥満率が比較的高い高齢のデンマーク人から、「あなたが健康的なのは、和食のお陰ね」と言われることは多々ある。また、ヴィーガンやヴェジタリアンといった菜食主義者から、彼らの食生活と和食は親和性が高いという評価を得ている。しかし、彼らのような比較的和食に詳しい人々でも、「そもそも、梅干を知らない」や「コンニャクは危険な食べ物である[7]」といった、食材そのものが認知されていない場合だけでなく、誤った知識を信じている場合もある。つまり、デンマークにおいて、「和食や日本食材が知られている」、更に「好まれて食されている」とは言い難い状況なのだ。

このような和食認識の中、2020年10月、コペンハーゲン市中心部にMUJIがオープンした[8]。現地日本人は、もちろんのこと、日本や日本の食文化が好きなデンマーク在住の多国籍な人々が集まる場所となっている。MUJI担当者によると、主に緑茶・抹茶や柚子に関連した商品の売れ行きが良いという。これは若者を中心に、日本食材を取り入れた生活習慣を送るデンマーク国内外のインスタグラマーの美容や健康関連の投稿に大きな影響を受けているためだという。しかし、これらの投稿は、日本人が常識と考えるお茶や柚子の食し方ではないことが多い。例えば、デンマーク人の若者は、抹茶にミルクやスパイスを入れ、チャイのようにして飲む。ある意味、日本と北欧を混ぜ合わせた新たな飲み方と考えれば、日本食がローカライズされ、デンマークの人々に受け入れられていると言えるのかもしれない。しかし、和食、日本の食文化「和の心」、そして、その良さを認識してもらえているとは言い難いだろう。

日本人による和食普及の努力

上記のように、和食とその文化を理解してもらえているとは言い難い状況の中、MUJIをはじめとする日本人の食の専門家たちは、一人でも多くのデンマーク人に、和食の素材から食べ方までその良さを理解してもらい、我々在外の日本人が高品質で多様な日本食材を入手しやすくなるよう、日夜様々な活動を行っている。

前出のMUJIでは、2021年11月から毎月「和食の日」と称した、季節に合わせた和食メニューを紹介するイベントを行っている。また、店舗内で茶屋(Teahouse)を運営しており、日本米とその品質に拘った「おにぎり」を提供している。日本人スタッフは、「本当に美味しい米をデンマークにいる人々に食べてもらいたい」とその拘りを現地スタッフに説明するものの、米の産地や種類による味の違いや水加減の重要性を理解し、対応してもらうことは非常に困難であるという。また、和食サービスを提供する場でもある店舗で、スタッフに日本の「おもてなし」と「接客時のスタッフの飲食マナー」を徹底させようとしても、説得に骨を折ることも多いという。

ある日本の精米・米販売会社の欧州代表者は、「デンマークでも寿司の知名度は高いものの、日本と中国の違いが分からない人も多く、和食自体を知る人が少ない印象である。和食は出汁などの繊細な味わいを楽しめる食であるが、デンマーク料理は対照的に大味な印象の料理である。現状、これらの違いが判る舌と知識を持つ人が少ない。また、デンマーク人にとって米は主食ではないこともあり、『美味しい米』が分かる人が少ない。今後、このような違いや知識を普及させるための情報も必要と考えている。」と教えてくれた。

彼らから共通して出てきた現状の課題は、「個別の企業による和食や日本食材の普及活動には限界がある」ということだ。日本大使館など公的機関に、より和食や日本食材の普及活動に力を入れて欲しいという共通の願いがある。より具体的な解決策として、国単位での和食普及のため、デンマーク国内にも日本政府や他の公的機関の支援による「和食に携わる企業や人材の業界団体」に該当するものができて欲しいという意見もあった。

世界的にみると、韓国のエンターテイメント・ビジネスやフランスのファッションビジネスなど、その国の主要な産業活動を、国が全面的に支援する国も多い。国家間の取引により、和食や日本食材の普及のスピードと規模を拡大していくことが、和食を真の世界的な無形文化遺産とすることにつながるのではないだろうか。

これからのデンマークと和食

デンマーク獣医・食品管理(Fødevarestyrelsen/The Danish Veterinary and Food Administration)は、デンマークの人々の健康と持続可能な社会のために、環境を考えた健康志向の食生活を推奨し、2021年に「公式食事ガイドライン-健康と気候のために(The Official Dietary Guidelines – good for health and climate)[9]」を発行した。このガイドラインでは、野菜・果物類が豊富で変化に富んだ適量の食事をとること、野菜・果物を多く食すこと、肉を減らし豆類や魚類を選ぶことなどの項目を提示している[10]。これらの項目は、和食の要素と共通する所が多々ある。

また、デンマークの20-30代では、ヴィーガンやヴェジタリアンなどの菜食主義志向の若者が増えつつある。2019年のデンマーク大手スーパーマーケットCoop(Coop Analyse)の調査によると、デンマーク人全体ではヴェジタリアンは14%、18-34歳の若者に限ると23%がヴェジタリアンであった。さらに、デンマーク人のうち58%、若者の72%が肉の摂取を減らす意思があると表明している[11]。まだまだ少数派ではあるものの、これから増加すると思われる菜食主義志向の人々にとって、米飯や野菜を中心とした和食は彼らの食生活に必要不可欠なものになっていくのではないだろうか。

そして、新たな食文化として「Japandi(ジャパンディ)」を無視することはできないだろう。ジャパンディは、「Japanese(日本の)」と「Scandinavian(スカンジナビアの)」を短縮した造語で、「スカンジナビアの機能性と日本の素朴な(rustic)ミニマリズムを組み合わせ、アート、自然、シンプルさを感じさせる[12]」、インテリアトレンドのことを指す。2018年頃からジャパンディ・スタイルの家具、家電、食器などが紹介されてきた。その特徴は、天然素材、落ち着いた配色、きれいなライン、ミニマルでありながら、十分に精選されたものであるとされ[12]、この流れは、食事にも影響を与え始めていると思われる。2021年2月には、フィンランドに拠点を置く、世界最大の北欧デザイン専門のオンラインストア「Finnish Design Shop[13]」が発行するオンラインマガジン「Design Stories」でジャパンディ・フードが紹介された[14]。また、少数ではあるが、「ジャパンディ」という言葉を使ったレストラン紹介も始められている[15]。

これらのデンマークの食文化の変化を見ると、今、和食とその食材は、かつてないほど注目を集めているといえるだろう。

まとめ

ジャパンディのように「和食」という文化が他国でローカライズされ、新たな文化となっていく過程で、その原点となる「和食」そのものを理解してもらうことは、和食という文化を世界の遺産にするためにも必要なステップではないだろうか。
世界は多様化に向けて動いている。それは、個々の国の文化を無視することではなく、各々を認識し、理解し、尊重し合うことを意味する。また、人は食べなければ生きていけない。そして食べることや食べるものはその人自身をつくる。つまり、和食は日本人である私たちのアイデンティティそのものなのだ。自分自身のアイデンティティが確立されていない中で、他者を理解することは難しい。多様な社会で生きていくためにも、和食を国外で知ってもらうことは重要な要素であると考える。

デンマークは人口約583万人の小さな国であるが、そのライフスタイルや社会の在り方は、毎年の世界ランキングでみても世界に向けて大きな発信力を持っている。このデンマークから和食や日本食材を欧州に広めることは決して無意味なことではないだろう。それを実現するためには、産官学民のお互いの協力が不可欠といえよう。個の時代からチームの時代へ。お互いできることは、まだまだ多くあるはずだ。

参考文献

[1] 農林水産省. 「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されています.
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/index.html
[2] 農林水産省. 日本食文化のユネスコ無形文化遺産登録について.
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/pdf/naiyo_washoku.pdf
[3] 農林水産省. 2014. 「和食を未来へ」.
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/attach/pdf/index-75.pdf
[4] 農林水産省. 和食に対する世界からの注目.
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/wasyoku_unesco5/data.html#b1
[5] Tripadvisor. https://www.tripadvisor.com/
[6] European Commission. Official controls on imported products.
https://ec.europa.eu/food/horizontal-topics/official-controls-and-enforcement/imported-products_en
[7] Mailonline. Woman's stomach swelled to FIVE times its normal size and she was left vomiting constantly for 10 days after eating Japanese noodles)」
https://www.google.com/amp/s/www.dailymail.co.uk/news/article-5556063/amp/Konjac-weight-loss-noodles-cause-Melbourne-womans-stomach-blocked-ten-days.html
[8] Ryohin Keikaku Co., Ltd.. MUJI ILLUM Copenhagen. https://www.muji.com/flagship/illum-copenhagen/en/
[9] Danish Veterinary and Food Administration. 2021. The Official Dietary Guidelines – good for health and climate. https://altomkost.dk/fileadmin/user_upload/altomkost.dk/Publikationsdatabase/De_officielle_Kostraad_2021/Danish_Official_Dietary_Guidelines_Good_for_Health_and_climate_2021_PRINT_ENG.pdf
[10] Danish Veterinary and Food Administration. Nutrition and labelling. https://altomkost.dk/english/#c41067
[11] Vegetarian Society of Denmark. ANNUAL REPORT 2019.
https://vegetarisk.dk/wp-content/uploads/2020/02/annual-report-2020-vegetarian-society-of-denmark.pdf
[12] The Spruce.What Is Japandi?. https://www.thespruce.com/japandi-design-4782478
[13] Finnish Design Shop. https://www.finnishdesignshop.com/
[14] Design Stories. Japandi on a plate – try out tasty fusion food.
https://www.finnishdesignshop.com/design-stories/food/japandi-on-a-plate-try-out-tasty-fusion-food.
[15] Mpls.St.Paul Magazine. Good Stuff: Japandi Joy. https://mspmag.com/shop-and-style/japandi-joy

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