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ブックポストの小さな出会い

朝、出勤のための荷物を慌ててまとめていたら、しばらく使っていなかったかばんから本が1冊出てきた。
しまった、図書館の本だ。
全部返したつもりでいたのに1冊だけ忘れられていて、私の記憶が正しければ返却期限は過ぎていたはず。
今日は図書館の休館日だが、一刻も早く返した方がいいと思い、仕事終わりにブックポストへ返却しに行くことにした。

17時過ぎの暗くなった道を車で走り、図書館へ向かう。
休館日だというのに意外にも車は数台停まっていた。
返し忘れた本を持ってブックポストへ向かうと、そこには先客がいた。

お母さんらしき女性と、どちらも幼稚園児くらいの男の子と女の子の3人連れ。お兄ちゃんと妹かな。
どうやら絵本を何冊か返しにきたようだ。
二人ともブックポストに本を入れたいらしく、本を取り合う様子と、それをお母さんが「いいから早くしなさい」と諌める声が聞こえていた。

私がブックポストにたどり着いたときには、2箇所ある投入口で男の子と女の子がそれぞれ本を入れていた。
少し離れたところに立って、順番を待つ。
お母さんが「すみません」と私に声をかける。
「大丈夫ですよ」とにっこり笑って答える。

そのとき、手に持っていた1冊をブックポストに入れてしまい、どうしようか迷っている女の子が目に入った。多分もっとブックポストに入れたいんだろうけど、男の子は彼女に構わずどんどん入れていく。

「どちらか空けなさい」とお母さんが言ったとき。
私は少し腰をかがめて、女の子に持っていた本を差し出した。
「これ、入れてくれる?」
女の子は黙ったままこくりと頷き、私から本を受け取ると、そおっとブックポストに入れてくれた。

「すみません」とお母さんが言う。
いえ、とお母さんに答えてから、私はもう一度腰をかがめて女の子に「ありがとう」と言った。
女の子は私のことをじっと見つめていた。

去り際、私が「バイバイ」と手を振ると、女の子も振り返してくれた。
その様子が愛おしくて、心がぽかぽかした。

私が女の子に本を手渡したのは、何も親切にしてあげようとか恩を売ろうとか思ったからではない。
ただ、お兄ちゃんの横でちょっと切ない表情をしていた彼女に、少しでも喜んでほしかったのだ。

女の子を喜ばせようと思ったのに、私の方が温かい気持ちにさせてもらった。


帰りの車で思った。
私もまた、こんな風に名も知らぬ色んな人に可愛がってもらいながら育ったんだろうな。

私の記憶にはもちろんないけれど、ベビーカーに乗る私に微笑みかけてくれた人や、エレベーターのボタンを押させてくれた人や、他にも幼い私を温かく見守ってくれた人が、きっといる。

そう思うと、自分の命を無下にはできないなぁ。

今度は私がちびっ子たちを可愛がる人になろう。
とりあえず「おばちゃん」って呼ばれるまでは頑張って生きてみようかな。

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