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ソサエティ5.0個別最適な学びについて。雑感。


8割の人間が同じ行動を好むとしたら、必ず2割の好まない少数派が生まれる。
8割の人間がその2割を異質と見なさない、または2割が自身を多数派と気持ちを共有出来ないから孤独だとか、劣等感を感じない土壌(マインドセット)であるならば、その世界は多様性が許されてかなり生きやすい。だが学び方が決められた枠組みの中で行われるならば、多様性や個別最適化は論理破綻してしまう。ソサエティ5.0をご存じだろうか。個別最適な学びを提供出来る夢のような制度。そんな理想郷ソサエティで言えばAI頼みではない層が少数出て来ても問題ないはずだがソサエティ(社会)はそれを許容するのか?今、2割の新型ワクを接種しない層を差別し、嫌悪する権威や民衆がいる限り、それは不可能だろう。人類が危機に直面した時、反乱因子とみなされた少数派の人たちと協働出来るのか、それとも排除し力でねじ伏せるのか。現在の人類の成熟度では後者だろう。新たな社会が人類の平和と持続可能社会を実現するためには人間の心理面の根源的な理解と成熟した価値観が必要不可欠だが、今のコロナ騒動を見る限りかなり厳しいと感じる。






ソサエティ5.0が管理社会実現の、8割の人間の為の平和と安全の実現の為のものであり、残り2割を排除した瞬間に持続可能性は否定される。何故ならば多様性を排除した瞬間に持続可能性は否定されるからだ。
人間の腸内細菌は7割の日和見菌、健康な人であれば、2割の善玉菌、1割の悪玉菌のバランスで成り立っている。アリの集団では働きアリが全体の2割、普通のアリは6割、働かないアリは2割になる性質がある。働きアリのみを集めても、その中から6割の普通のアリ、2割の働かないアリが出てきて法則を保ち、働かないアリや普通のアリのみを残しても、2:6:2に分かれて動くようになる。




地球上の自然は人間が想像するよりも遥かに多様性に満ち、多様性で秩序が保たれている。他方、社会は人間が人工的に作ったものだ。AIは多様なツールの一選択にしか過ぎない。多様性を排除しても、その排除した集団の中で結局異質さを見つけ出し、一部の層を異分子化してスケープゴートにして純化路線を辿る。人間はそれを繰り返し滅亡につながるだろう。
ナチスも結局最後は、アーリア系の人間を迫害していった。

悲しいのが迫害を受けた者同士の中でも差別し迫害する者がいたらしい。フィクションではあるが最近のドラマの赤毛のアンシリーズで観たといううちの娘の話を思い出す。
ギルバートの友人で若き黒人実業家がアボンリーでバスの乗車拒否に遭う…白人の運転手と黒人の助手に。ドラマの舞台は100年以上前。黒人奴隷が当たり前の時代だ。
マリラに運良く助けられ無事にバスに乗れたギルバートの友人…後に"黒人のくせに生意気だ"と暴行を加えられたのだが、その犯人は黒人のバスの助手だった。…なんだよ、お前も差別されるべき対象じゃないか、お前だけ'ずるい'…。今でもありますよね、こんな話。人間は嫉妬と悪意に満ちている…傷付き、苦しくて、悲しい時、人は人を陥れる。そんな人間社会をAI技術は救ってくれるのだろうか。救ってくれるなら万々歳。




理想の社会の姿があるとすれば、あなたはどんな社会を思い描きますか?私はこんな社会が良い…を教えてください。私のこんな社会がいい、はまた次回。


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