見出し画像

母なる田んぼ

「これをわたしたちだけでしちゃうのはもったいないから、ぜひ来て!」
母から連絡がはいる。
稲刈りのことを言っているらしい。

稲の赤ちゃんを置き場から引きはがして大変だったのが、3か月前。
雨の少なかった暑い暑い夏を越えて、黄金色になった稲穂が頭をたれている。

昨年の稲刈りの作業は、父と母だけで行った。コンバイン(稲を刈取り、穀粒を穂からとり離し、わらの裁断などを行う機械)を父が操作し、機械が採りきれない場所や倒れてしまった稲穂を起こすのが母の役割。
この母の担うしごとを、手伝う。

広い田んぼにコンバインが入って外周から刈っていく。最初のうちは、こちらまでやってくるのに時間がかかる。母と手分けして、倒れた稲穂を起こしたり、角の部分を刈り取ってコンバインが入りやすくする。
内側の作業になると、段々と感覚が狭くなる。こちらは忙しい。
あ、もうコンバインが来た! ギリギリまで寝ている稲を起こす。しっかり刈ってもらいな!

全体の3/4ほど刈りとったところだろうか。コンバインの調子がおかしい。
ときどき咳をするみたいになって、刈り残しが目立つようになった。
父も機械から降りて、様子を確認している。
「チェーンがはずれたかも。つづけて作業できるかな……」
ここまで順調にいっていたこともあって、すこし心配顔になる。

JAに電話してみよう、と父。農機具のトラブルを解決する農協のスペシャリストがいるらしい。
ものの15分で、JAの軽トラが登場。颯爽と降りてきたお兄さんの頼もしいこと。
テキパキとチェーンを点検する。
「製造年見たらこのコンバイン、大体同い年です」
27歳の青年であることがわかる。

チェーンについている、稲をがばっと抱え込むための弁(細長い三角のものが等間隔についている)が2つ取れてしまっていた。

「30分あれば、新しいものを取り付けて戻ってこれると思います」

あっという間に軽トラはいなくなり、おやつを渡そうと家に取りに行っていた母とは入れ違いになった。

20分後、青年は戻ってきた。

てきぱきと作業をつづける彼の横で、好奇心の目を光らせる母。話しかけてもいいですか? と尋ねたうえで、言う。
「『VIVANT』ってドラマ観てた?」
自分は観ていなくて、母親は観てました、と答えてくれる青年。
「お母さんに伝えてほしいんだけど、あなたの働きはまるで『別班』の松坂桃李くんみたいって」

はじめて言われたな……とつぶやきながらも、手は休めない。

あたらしい弁が2つ、ついた

「チェーンがゆるいのが気になるので、次のメンテナンスで新しいものに交換してください」
最後まで完璧にしごとをし、松坂桃李くんは帰っていった。

***

作業再開。
大勢のカエルやオケラ、バッタたちが刈りとる前の稲から飛び出してくる。渡り鳥のグループや、カラスのつがいがそれを狙ってやってくる。
その横で母は、鎌をふっている。
父はコンバインを動かしている。
田んぼのなかの、食物連鎖の現場にわたしはいる。

すっかり稲がなくなった田んぼ。
いくつの命を抱いていたんだろう。
次は、ここは麦畑になる。

※稲が赤ちゃんだったときのことはこちらで読めます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?