朝の夜市に行ってきた(台北・臨江街觀光夜市①)
朝
数年前、私は台北にいた。
一週間という長いのか短いのかよくわからない期間のあいだ、ただひたすら台北にいた。
台湾の首府はもちろん台北である。
だが旅行者にとっては、台南や台中、そして九份なども魅力的だ。
それらに行くこともなく、私はなぜ台北に張り付いていたのか。
やむを得なかったからだ。
私が台湾に上陸してすぐ、後を追うように二匹の台風が台湾を直撃したため、行動の自由が効かなかったのだ。
それは残念だったね、と言われることもある。
ところが、一週間どこにも行かずに台北にいる、という旅は、私にとってかなり大事な体験となった。
というのも、普通は、せわしなく色々なところを回ってしまうだろう。
1箇所に腰を落ち着けて、じーっと過ごすというのは滅多にできない。
古代ギリシアの学問は「暇」から生まれたというが、旅先の面白い体験も「暇」が呼び寄せてくれることがある。
今回の場合、それは、「定点カメラになる」という体験だった。
あえてミス・ザ・タイム
観光地の中には、「時間」をうちにしているものがある。
夜景スポットや夕陽の見える海岸、満潮になると海岸から切り離される聖域・・・。
台湾の夜市はそういう「時間」を持った観光地の一つである。
だから、「夜市」なのである。
夜、提灯や裸電球で照らされた、人でごった返す市場。
流行りの言葉で言えば「エモい」が具現化したかのような空間は、「夜」という時間にこそ映える。
だから、朝早くに夜市に来るなんて馬鹿者は滅多にいない。
そしてその日、私は朝10時半に夜市の真ん中に立っていた。
信義愛和と通化街
きっかけが特にあったわけではなかった。
一週間台北にいて、徐々にやることがなくなっていたため、テキトーにガイドブックを開き、目に入った場所に行ってみただけだった。
それは、「臨江街観光夜市」という夜市だった。
夜市は夜に行くものだ。
これは一般常識である。
だが人には常識を覆さねばならない時がある。
夜市の朝と昼と夜に、まるで定点カメラのように立ち会う。
そんな馬鹿みたいなことがしてみたくなった。
要するに暇だったのだ。
朝9時、地下鉄を降り、例の夜市を目指す。
最寄とされている信義愛和駅から夜市まではまあまあの距離があった。
台湾の下町、とでもいえるような、細く、長い道を歩く。
建物は皆古く、今にも崩れ落ちそうな相貌をしている。
ちょっと空の方を向けば、そんな下町の向こうに、台北101という高層ガラス張りのタワーが見える。
古いものと新しいものが渾然一体となっているこの感じ、嫌いではない。
時折バイクが現れて、けたたましくクラクションを鳴らす。
あたりは何やらお香と排気ガスが混じった香り。
中秋節の日常(朝編)
その時は気づかなかったが、その日はちょうど中秋の名月の日だった。
日本ではNHKのニュースやお年寄りの会話くらいでしか取り上げられることのないイベントだが、台湾ではれっきとした国民の祝日だ。
そのおかげか、道端では作り物のお札を燃やす人たちをよく見かけた。
お札を燃やして、あの世にいる先祖に届けるのだという。
中華文化圏ではあの世でも貨幣経済が回っているらしい。
なんとも言えない絶望感がある。
中国寺院も盛況で、お香の香りの発信源だった。
お経なのか、なんなのかわからない詞が聞こえてきて、どういうご利益があるのかわからない文字が電光掲示板を流れている。
そんな中秋節の朝の光景を眺めながら歩いていたとき、一つの疑問にぶち当たった。
夜の夜市は灯りを目指していけば間違いないが、朝の夜市はどうやったら見つかるんだろう?
そもそも、朝やってるのか?
今更である。
朝の夜市
だがこの疑念は杞憂に終わった。
突然道を歩く人の量が倍になり、喧騒と食べ物の匂いが押し寄せてきたのだ。
間違いない。
そこがまさに、朝の夜市だった。
馬鹿げた言い方になるが、朝の夜市の実態は、朝市だったのである。
客層に観光客は見当たらない。
地元のおばさんやおじさんが店の人に話しかけながら買い物をしている。
食べ歩きができるような店もないではない。
だが、「映え」そうなものはほとんどなく、肉まんや謎のゼリーくらいだった。
あとはほとんど果物や野菜、ナッツ類などの店がほとんどだ。
雨がしとしと降ってきたが、市場の喧騒は変わらない。
いたるところで、あらゆるものが売られている。
お香香る寺院の隣に肉まんがあったりする。
そんな光景を見て回るだけで楽しい。
市場のメインストリートから少し入ったところには食堂街がある。
台湾は確か朝ごはんを外食することも多いようだ。
おじさんたちが粥を啜っている。
もう11時くらいなので、昼ごはんなのか、朝ごはんなのかは定かではないのだが。
何か食べ物の一つでも買ってみようか。
だが、朝ご飯を食べたばかりで、特に腹が空かなかった。
昼を待とう。
夜市の昼を。
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