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絶対に目覚めさせようという決意に満ちた朝ごはん(タイ、バンコク)

東南アジアの朝ご飯は外食が多いと聞く。
だから屋台も発展していて、麺類やらお粥類やらを早朝から出している。

気だるい街の気だるい朝

バンコク滞在2日目の朝のこと。
宿は「ヤワラート」と呼ばれる中華街とバンコクの中央駅にあたるフアランポーン駅の間にとっていた。

朝起きて、外に出ると、空気が生暖かい。
排気ガスとレモングラスと何かが混ざり合った気だるい朝を吸い込んで1日がスタートする。

これで寝起きの頭が回るわけはなく、バンコク全体を覆う気だるい空気に身を委ねるしかない。

さて、朝食だ。
中華街ヤワラートまでいけばきっと何かあるに違いない。

ふと駅のあたりに目をやると、屋台が立っているのが見えた。
どうやら移動式の屋台のようでなんとなく風情がある。
1人で切り盛りするお姉さん、そしてそこで朝ごはんを食う爺さんの姿もまた映える。

ヤワラートでの朝ご飯も魅力的だが…
ここにするしかない。
心の声がそう言った。

朝の駅前。こんな風に屋台が現れる。

移動式惣菜屋台

近づいてみると、いくつかお惣菜が並んでいて、それをご飯と一緒に食うらしい。

前にいた女性はテイクアウトで、茶色っぽい煮物的なものとご飯をビニール袋に直で入れてもらっている。
日本で暮らしているとちょっとびっくりする光景だ。
ビニール袋をぶら下げて、女性は仕事へと颯爽と向かっていった。

残り具合から見ても、この茶色煮物惣菜が一番人気のようだ。
となれば、これを頼む他ない。
「コー・アンニー・カッ(これをください)」
と私はカタコトのタイ語で謎の煮物を頼んだ。
もちろん、ご飯にかける。

茶色いものは美味しいはず

テイクアウトではないので、花柄がプリントされたホーローの皿の上にご飯と煮物が乗せられる。
具材はでかい煮卵とじゃがいも、エンドウ豆、たけのこなどだ。
日本の家庭でもできそうな見た目の、見るからにうまそうな煮物である。
肉じゃが(肉なし)といった雰囲気だろうか。

タイの人は右手にスプーン、左手にフォークでご飯を食べる。
スプーンは時にナイフがわりになる。
こういう惣菜+ご飯の状況でも同じかはわからないが、フォークとスプーンが出されたので、きっとそういうことだ。
郷に入れば郷に従え、である。

煮物をフォークでスプーンにのせて口いっぱいに頬張る。

謎の煮物ご飯

その刹那。
体全体に衝撃が走った。
何かが体内から脳天を貫き、汗が吹き出してくる。
完全に油断していた。
辛い、あまりに辛いのである。

隣で同じものを頬張るお爺さんは何のリアクションもない。
私は「まじで?」という顔で、じっと飯を見つめる。
こんなに衝撃的な朝ごはんは初めてだ。

トップ・オブ・ザ・ワールド

辛い、と一口に言っても、「辛さ」には種類がある。
例えば、赤唐辛子の辛さ、青唐辛子の辛さ、胡椒の辛さ、和がらしの辛さ、わさびの辛さ、山椒の辛さ…。
「辛いの苦手なんです」とか「激辛が好き」とかいう人もいるが、どの辛さが自分にとって守備範囲なのかを把握しておかないと命取りになる。

それはさておき、この朝ごはんの煮物の辛さはおそらく青唐辛子を大量に入れた辛さだと思われる。
その証拠に、煮物をよく見ると、唐辛子のタネが大量に入っていた。
このタネの周りはとくに辛い。

正直に言おう。
私は、このタイでの経験以降もさまざまな辛い料理に出会った。
ブータンの唐辛子を野菜として使うエマダツィ、辛いことで知られるインド・アードラ州やスリランカなどの辛いカレー、激辛麻婆豆腐…。
だが、明らかに、このタイの朝ごはんがトップを走っている。
私の「守備範囲」ではない辛さだったようだ。

絶対に目覚めさせようという決意

だが、「辛いものあるある」ではあるが、辛味の向こう側に旨味がいる。
食べると「辛い」と同時に遠くから「うまい」が声をかけてくる。
これを無視できない。
それに、自分が注文したご飯を残すのは何となく失礼だ。

私はヒーヒー言いながら、時に煮卵で休み、時にご飯をかきこみながら煮物を食いに食った。
持参していた水はほとんど底を尽きた。
気温はまあまあ暑かったが、それ以上に汗もかいた。
そして辛いは辛いがうまいはうまい。
そして私は完食した。

「コップンカッ(ありがとう)」
と一言残し、バス停の方まで歩きながら、私はあることに気がついた。

あの猛烈な辛さのおかげで、頭も体も寝起きとは思えないくらい冴え渡っていた。
「朝はお粥、カプチーノ、とにかく優しいものを」なんてまだ寝ていたい人間の言い訳である。
タイの例の朝ごはんを一口食えば、強制的に「おはようございます」だ。

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