見出し画像

悪魔が来たりてカヴァル吹く(Besh o droM: Once I Catch the Devil...)

ヨーロッパの音楽と言って思い浮かべるのはどんな音楽だろうか。

クラシックか、ユーロビートか、英国も入れるならロックやポップスの「伝統」もある。
民族音楽ではスペインのフラメンコ、フランスの(民族音楽とは言い難いかもしれないが)シャンソン、スイスのヨーデルは有名だろう。
いずれにしてもヨーロッパと言えば「西欧」、EUでも中心国となっているフランスやドイツ、料理で有名なイタリアやスペインのイメージが強い。

だが、忘れてはいけないのが、「東欧」だ。数十年前まではいわゆる「共産圏」や「東側」といわれ、縁遠い存在だったかもしれないが、今や東欧の音楽がCDショップにも並んでいる。そして縁遠いからこそ、面白い。

悪魔に憑かれてから

何気なくディスクユニオンのワールドミュージックコーナーにいた時、Once I Catch the Devilというタイトルだった。
日本語にすると、「悪魔を捕まえてから」くらいの意味になるだろうか。あるいは、風邪をひく(catch a cold)にかけて、「悪魔に憑かれてから」なんて訳も考えられるだろうか。いずれにせよ、なにやら穏やかではない。

ジャケットを見てみると、燃え盛る炎に滑稽な笑顔を浮かべた悪魔の影絵である。ワールドコーナーでは値札のところに「原産地」が書かれていることがあるが、そこには「ハンガリー」とあった。

よくみると、Once I Catch the Devilというタイトルとともに、Ha megfogom az ördögöt…という言葉が書かれている。おそらくハンガリー語で同じ意味の言葉が書かれているに違いない。
それにしても、ドイツ語で見かける「ö」という文字がこんなに並んでいる状態に不思議な魅力がある。アルファベットは見慣れているはずだが、絶妙に拒絶される感覚。
これが東欧か。私は東欧のCDを買うのは初めてだった。

バルカンへの入り口

CDをかけてみると、いきなり、わからない言葉でカウントが始まる。
そして不意打ちにエキゾチックな音階と音色の音楽がダーンと押し寄せてくる。
リズムも独特そのもの。飛び跳ねていて楽しいのだが、一筋縄ではノレない。それが逆に気持ちが良い。

調べてみると、このCDで演奏しているベシュ・オ・ドロム(Besh O droM)というバンドは有名らしい。現代的な味付けもしつつ、東欧のバルカン半島の音楽の伝統を引き受けている。
なかでもこの「Once I Catch the Devil…」はハンガリーだけでなく、ルーマニア、ギリシャ、ブルガリア、セルビア、モルドバ、アルバニアなどのバルカン半島各地の曲が収録されているらしい(いくつかオリジナルもある)。
ちなみに、表題はトラック2の曲名から来ている。

歌付きのものもいくつかあるが、言語もハンガリー語、ルーマニア語、ヘブライ語、ロマ語など多様な構成となっている。
このCDはそういう意味でバルカン半島への扉だ。

取り憑かれるような歌声

聴いていて特徴的なのが、女性シンガーの歌声と、尺八のような笛の音である。

ヴォーカルは主に二人いるが、特に、トラック3「Bivaly(発音はわからないがおそらく「ビヴァリ」?)」とトラック6「Rumelaj(おそらく「ルメラィ」)」を歌っているミチュラ・モーニカの歌声がすごい。
説明しづらいのだが、決して「澄んだ美しい声」ではなく、むしろ「潰れた」という方が近いような歌声で、どこから出ているのか想像がつかない。
それこそ「悪魔」か神か何かが取り憑いていて歌を歌っているような声だ。聴いていると、こちらの胸の奥にある何かまで目覚めさせられるのではないか、という力を持っている。

ライナーノーツによれば彼女が歌っている二曲は「ツィガニ」、つまり流浪の民として知られるロマ(ジプシー)の曲だから、この歌い方はロマの伝統なのかもしれない。

悪魔が来たりてカヴァル吹く

そして、小刻みに音を鳴らしながら、荒ぶりまくる笛である。

あえて息を漏らしながら吹く尺八のような音をしていて、カヴァルというらしい。
吹いている写真を見てみて驚いた。笛はリコーダーやクラリネットのように構える「縦笛」とフルートや竜笛のように横に構える「横笛」があるが、カヴァルは斜に構えるのだ。
口の右半分で笛の先をくわえ、そのまま右斜めに構える。そりゃあ、息も漏れるよなというスタイルである。
元はアラブの「ナーイ」という笛から来ているらしい。東欧がかつてはトルコに支配されていた、という歴史の奥深さも示している。

拙い絵で申し訳ないが、こういう感じで吹いている

そんな、独特な音色のカヴァルがメロディラインを描きながら、小刻みにリズムの役割も果たしている。
いい意味で土臭い音である。


複雑なリズムの太鼓、カヴァルの土気のある音、そして女性シンガーの悪魔的な歌声……。
かつて祭りの熱狂は神がかりと紙一重だったというが、この一枚を聴いていると、そんな東欧の、ちょっと危ういお祭り騒ぎに連れて行かれたような感覚に陥ってくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?