見出し画像

蛇紋岩を構成する蛇紋石にはアンチゴライト、リザーダイト、単射クリソタイル、斜方クリソタイルなど様々な鉱物が含まれているとウィキペディアや百科事典を調べると書いてあったのですがそれらのどういう性質を見て区別するのですか。またそれらから蛇紋岩のどのようなことがわかりますか。

大塚さん(中学3年生)からの質問
(回答:高知コア研究所 岡﨑)

質問ありがとうございます。ちょうど1月中旬に同僚と高知市内の蛇紋岩のある場所に調査(石探し)に行きました。

1-1. 蛇紋石について

調べてくれたとおり、アンチゴライト、リザーダイト、(単斜/斜方)クリソタイルはどれも蛇紋石の一種で化学式的にはMg3Si2O5(OH)4ですので、三種類の蛇紋石の材料の元素とその割合もほとんど同じです(厳密にはほんの少しずつ違うようですが)。蛇紋石の基本的な結晶の構造は、屋根の瓦みたいな片側に若干曲がっている板状で、アンチゴライト、リザーダイト、クリソタイルはその瓦状の構造の組み合わせの違いによって別々の結晶構造をつくっています。この様な鉱物を多形と呼びます。

スクリーンショット 2022-02-09 18.34.17

クリソタイルは瓦状の構造が横方向にずっと同じ向きでつながっていて、最終的には紙をくるくる巻いた様な結晶構造もしくはトイレットペーパーの芯やバウムクーヘンの様な筒状の結晶構造になっています。軸方向への瓦状構造のつながり方の違いで単斜クリソタイルと斜方クリソタイルに分けられているのだと理解しています。一つの結晶内で混ざっていることもよくあるようです。

アンチゴライトとリザーダイトはどちらも本のように薄い層が積み重なったような結晶をしています。しかし、その薄い層がアンチゴライトの場合は波波になっており、リザーダイトは平たくなっています。アンチゴライトは瓦状の構造が表裏表裏...と交互につながったトタン屋根の様な波波の構造がたくさん積み重なった結晶構造になっています。リザーダイトは瓦状の構造がつぶれて平たくなったものが積み重なったような結晶構造になっています。リザーダイトは本来なら瓦状の構造を無理に平たくしているので、結晶構造を保持するためにアルミニウムなどのほかの元素が他の蛇紋石の多形より多く入っていたりするとも言われています。その他にもクリソタイルとリザーダイトが組み合わさったような、ポリゴナル蛇紋石といわれる同心多角形状(バウムクーヘンが丸ではない多角形になった様な形)の蛇紋石もあるようです。

1-2. 蛇紋石の見分け方について

蛇紋石の多形は混ざっていることが多く、見分けるのは難しいです。蛇紋岩の研究をずっとやっている研究者の中には蛇紋岩の見た目や周りにある他の岩石を見てこれはリザーダイトとクリソタイルっぽいとか、これはアンチゴライトっぽいとなんとなく予想できる方もいるようです。

蛇紋石の見分け方で一番確実なのは、透過電子顕微鏡でその結晶構造を直接観察することです。そのためには0.000001 mm(1mmの100万分の1; 1ナノメートル)以下の原子の並びそのものを観察する必要があります。JAMSTEC高知コア研究所には、なんと蛇紋石の瓦状の構造の並びを直接観察できるほどの技術を持った世界トップクラスの研究者がいます(理論予測されていたカンラン石組成の新物質を隕石から発見)。しかし、全部の試料を透過電子顕微鏡で観察するのはとても時間がかかるので(観察用の試料を作るのだけでもとても時間がかかる)、多くの場合は① X線回折法といわれるX線を当てて出てきたX線を調べる、② レーザーラマン分光法や赤外分光法といわれる試料にレーザーを当てて反射した光を分析する、③ 偏光板が2つ付いた光学顕微鏡(偏光顕微鏡)を使って見え方の違いから見分ける、のどれかもしくはそれらを組み合わせて見分けます。

1-3. 蛇紋石のでき方の違いと蛇紋岩やオフィオライトから何がわかるか

蛇紋岩は、カンラン岩という岩石と水との化学反応によってできたと考えられています。カンラン岩はおもにカンラン石(Mg2SiO4:宝石名はペリドット)と輝石という鉱物によってできている岩石です。基本的には地球の表面の岩石(地殻:地球の表面から深さ7~30kmくらいまで)は花崗岩や玄武岩・はんれい岩と堆積岩でできておりカンラン岩はありません。しかし、地球の地殻の下のマントルという部分はカンラン岩でできていると考えられています。地球の半径6400kmのうち、地表から深さ約7~30kmから440kmくらいまでの上部マントルと呼ばれる部分は、カンラン岩の厚い層のようです。実は、地球の中のことを知りたい地質学者には蛇紋岩よりもカンラン岩が好きな人のほうが多いです。しかし、日本のような地球表面のプレートが地下に沈み込んでいるような場所ではマントルのカンラン岩の一部が蛇紋岩に変化している可能性が指摘されており、蛇紋岩を調べることも地球の中を知るためには大切です。また、プレートテクトニクスとして地球表面のプレートが動いている原因はマントルが固体のままゆっくり対流していることなので、地表にないはずのカンラン岩や蛇紋岩がなぜ陸上で見つかっているかについて調べることも、今の地球ができた原因を理解するために重要だと思っています。

一般的にはリザーダイトは低温型蛇紋石、アンチゴライトは高温型蛇紋石と呼ばれています。つまりアンチゴライトの方がリザーダイトよりも温度の高い環境でカンラン石と水の反応によってできたと考えられています。リザーダイトのできた場所の温度は50〜300度以下、アンチゴライトは250~500度くらいだと考えられています。クリソタイルはその2つの間あたりの温度のようですがよくリザーダイトと混ざっていたり、アンチゴライトでできた蛇紋岩をつらぬく脈状にあったりします。例外はもちろんたくさんありますが、地球の中は深く潜るほど温度が高くなるので、どちらかというとリザーダイトは地球の浅いところで、アンチゴライトは地球の深いところでカンラン岩と水が反応してできたと考えられます。私は日本の下にある蛇紋岩がどのような変形をしていて地震やプレートテクトニクスにどのような影響を与えているか調べています。そのような環境ではアンチゴライトの方が他の多形よりできやすいと考えられるので、アンチゴライト蛇紋岩の方がリザーダイトやクリソタイルよりも見つけた時にうれしかったりします。ただし、蛇紋岩をよく研究するとアンチゴライトがクリソタイルやリザーダイトに変化していたり、逆にリザーダイトやクリソタイルがアンチゴライトに変化したような痕跡が見つかったりしています。完全に蛇紋岩になったカンラン岩より中途半端に蛇紋岩になったカンラン岩の方が多かったりもします(蛇紋岩化したカンラン岩、と呼びます)。また、温度が500~600度を超えると蛇紋石は分解してカンラン石+水の元の状態に戻ったり別の鉱物を作ったりもします。カンラン岩→蛇紋岩→カンラン岩といったような複雑な反応を経験した岩石もヨーロッパのアルプスや日本でも見つかっています。このような水と岩石の反応は普通の地震よりも深いところで起こる地震(やや深発地震とか中深発地震とかいわれる地震)や日本列島などの火山をつくるのに大きな役割があると考えられています。また、日本語だと蛇灰岩(じゃかいがん)と呼ばれる、カンラン岩が水だけではなくて二酸化炭素とも反応してできた岩石なども見つかっています。こんな色々な化学反応が私たちの住む地球の中で起こっていると考えるととても不思議です。実は隕石の中にもカンラン石や蛇紋石はたくさん見つかっています。2000年代に入ってから火星の表面に水があるもしくはあったということは常識になってきましたが、その証拠の一つとして火星の表面でも蛇紋石(Mg3Si2O5(OH)4)のような化学式にOHを含む鉱物(粘土鉱物)が発見されていることも水の存在の証拠の一つとなっています。

1-4. オフィオライト 

オフィオライトとは現在の日本のようにプレートが沈み込むのとは逆でプレートが別のプレートに乗り上げてプレートの断面が地表に出てしまっている地層のことを言います。オフィオライトを調べると、普通は地下深くで見ることができないプレートの中身がどうなっているか直接調べることができます。日本にもオフィオライトはありますが、中東の国オマーンに露出しているオフィオライトが日本も含めた世界中の研究者によって研究されています。オマーンは国土のほとんどが砂漠だったり岩石砂漠で木や草がほとんどないので、森が深く雨の多い日本よりも調査が簡単で、岩石の状態もいいです。オマーンにいくと海洋プレートの上の層の玄武岩、はんれい岩から下の層の(蛇紋岩化した)カンラン岩まで全て見ることができます。私もオマーンへ二回行ったことがあります。また、オマーンで採取した岩石試料をJAMSTECの船「ちきゅう」の設備を利用して解析するというプロジェクトにも参加しました(オマーン掘削プロジェクト~かつての海洋プレートを掘る!~)。オフィオライトについて、カンラン岩や蛇紋岩がどのように地球の中で変形しているのか、水や二酸化炭素と反応したらどうなるかなどを私も含めて研究している人が多くいます。その他にも、オフィオライトの玄武岩やはんれい岩を分析してこれらの元となったマグマのでき方や、蛇紋岩の中に住む微生物の研究など色々な目的で研究されています。

#蛇紋岩 #蛇紋石 #カンラン岩 #マントル #アンチゴライト #リザーダイト #クリソタイル #オフィオライト #地層 #地震 #プレートテクトニクス