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漁で捕られる深海の魚は、目が飛び出たり、内臓が口から出たりしているけど、水族館の深海魚はどうやって獲っているのですか?

伊織さん(小学2年生)からの質問です。

(回答者:研究プラットフォーム運用開発部門 三輪)

 とっても良いところに目を付けたね。確かに水族館で深海魚を見かけるよね。じっとして動かなかったり、変わった形をしているから、面白いけれど、TV番組だと、確かに目が飛び出したり、胃袋が口から出ていたりするよね。
 実は、目が飛び出したり、胃袋が口から出ている深海魚は、まだ飼育に成功していないんだ。深海魚は、いろんな種類がいて、何とか生きて捕まえられたものだけ、飼育して展示しているんだよ。
 「なーんだ!」って思ったかい?それでも生きているまま捕まえることは、とても難しいことなんだ。でも、なぜ、深海魚の一部は、目が飛び出したりしちゃうんだろうね。その理由は、「水が不思議な性質を持っているから」なんだよ。これは、小学校の先生も知らない話かもね。
 水の不思議な性質とは、「水は、圧縮率がとても小さい」ということなんだ。難しい話かもしれないけど、どんなに押しつぶしても、つぶれない性質を持っているんだ。普通の物質は、「結晶」というのが、いちばん小さくなるんだけど、水の結晶である「氷」は小さくならず、じつは軽くなっちゃって、水に浮くんだよ。僕たちは氷が水に浮くのは当り前みたいに見えているけど、実は不思議なことなんだ。液体の水がつぶれにくい性質から、どんなに圧力が大きくても、水の環境は変わらないから、深海魚たちはすいすいと泳げるのかもね。でも、では、なぜ、目が飛び出てしまうんだろう?そこには、もう一つの水の性質である「水は何でも溶かすから」ということが大きく効いているよ。
 水には何が溶けているか知っているかい? 海水だと、塩が溶けているよね。それともうひとつは、空気が溶けているんだ。深海魚が生きて行くために必要なものは、酸素(さんそ)なんだ。えらから取り込んで呼吸するよね。じゃあ、酸素が目が飛び出す原因なの?と思ったかな。残念。生物が行う呼吸の中でもう一つとても大切な空気があるよね。それは二酸化炭素(にさんかたんそ)なんだ。
 生物の呼吸は、酸素を吸って、二酸化炭素を出す、ということなんだ。この二酸化炭素、じつは水にとても良く溶ける性質を持っているんだ。お母さんはスーパーで炭酸水を買ってくれるかい?夏にのむと、しゅわしゅわして、とても気もちいいよね。このしゅわしゅわが、水に溶けている二酸化炭素なんだ。この炭酸水、キャップを開けるときに、ペットボトルの中をよく見ていてごらん。開ける瞬間に、泡が出るよね。ペットボトルの炭酸水の中では、圧力がかかっていて、それがなくなると、溶けていた二酸化炭素が、気体(空気)に戻るんだ。温めても、たくさん泡が出るよ。さらに、良く振ってから開けると、もっと激しく泡が出るよ。その実験をするときには、お母さんに相談してからやってね。水が飛び出すぐらいに泡が出るから。んっ!飛び出す⁈ そう、これが、深海魚の目が飛び出す直接的理由なんだ!
深海魚の体の中では、次のようなことが起きていると考えられるよ。深海魚は呼吸のために、えらから酸素を取り込んで、二酸化炭素を出そうとするよね。でも、二酸化炭素は水によく溶ける性質だから、圧力(水圧)があると、体液(血液やおしっこ)によく溶けて、なかなか体の中から出ていかないと考えられるんだ。さらにエサを食べると、それを消化する。そのときにもメタンや二酸化炭素が、腸内にたまる。僕たちは「おなら」や「げっぷ」として出せるけど、深海魚は水に溶かしておしりから出すしかないんだ。あるとき、漁師さんにつかまって、急激に浮上するよね。そのとき深海魚はどうする?暴れて逃げようとするよね。なおかつ深海は冷たいけど、私たちの住んでいるところは温かいよね。漁師さんに捕まって、急激に浮上すると、深海魚は暴れまわって、まわりの海水温度は上がる。(よく振って、温める、ペットボトル炭酸水と同じ環境)と思わないかい。
 おそらくは、深海魚の体の中は、メタンや二酸化炭素が急に大きく膨らんでしまうよね。そこで、ここが運命の分かれ道。体のかたい深海魚や、皮膚のしっかりした深海魚は、体の中の膨らんだ力の出口として、柔らかいところ、目だったり、口だったりから、押し出される力で飛び出してしまうんだ。でも、皮膚や体の柔らかい深海魚は、おなかが膨らむだけで済むものもいるんだよ。 そうすると水族館の深海魚は、どうやって取ってくればいいと思う?ペットボトルの炭酸水だと、どうすればいいか、アイデアはあるかい?ペットボトルの炭酸水だと、もう一度冷やす、そして静かにしばらく待つ。そしてゆっくりふたを開ける。そうすると、泡が飛び出すなんてことは起きないよね。深海魚も同じで、ゆっくり、暴れないように採ってくる。なおかつとても寒い日に採ってくる。ということが大切なんだ。
 水族館の職員も、そんな努力をして深海魚を集めているんだよ。寒い冬に採ってきたり、いけすを冷やしておいたり、ゆっくり釣り上げたり、網に入る量を少なくして魚を驚かさないようにして採ってくるんだ。それでも深海魚の多くは、膨らんでしまう、むくんでしまうから、いそいで冷やしたり、加圧して水圧を戻してあげたりするんだ。沖縄県の美ら海水族館には、屋根まで届く縦長の水槽で高圧力にして、目が飛び出してしまった魚を治してあげる高圧力水槽もあったりするんだよ。
 これですべての深海魚は、生きたまま捕まえられるかと思ったら、そうでもないんだ。JAMSTECが調査に行くような深さだと、この理由では説明できない深海魚もいるんだよ。
 JAMSTECにある、人が乗れる潜水調査船「しんかい6500」が潜れる最大の深さ、6,500mでは650気圧の水圧があります。これは指先に650kg(軽自動車1台分くらい)の圧力をうけているのと同じくらいの重さ(圧力)なんだ。こんなところにも深海魚はいるんだ。ちなみに水族館で見られる深海魚やテレビ番組で紹介するような深海魚は、水深800mぐらいまでの、比較的浅い深海にいる深海魚なんだ。こんな超すごい環境では、細胞レベルで圧力の影響をうけているようなんだ。そこでJAMSTECでは「ディープアクアリウム」という装置を使って、深海の圧力を保ったまま地上へ運ぶ機械(水槽)があれば生きたまま元気な状態で深海魚を捕まえられると考えました。潜水船で深海まで水槽をはこんで、深海で魚などの深海生物を捕まえて、深海と同じ圧をかけたまま、地上に持ち帰って育てて観察する。さらにはゆっくりと圧力を戻していって、1気圧でも生きていけるように体を慣らしてあげる、という道具なんです。すごいでしょう!神奈川県の新江ノ島水族館に展示してあるから、一度見に来てくださいね。

☆☆まとめ☆☆

・水は不思議な性質を持っていて、圧力によってつぶれないけれど、空気はよく溶ける性質がある。そのために、深海魚の呼吸によって溶けた二酸化炭素ガスなどが体の中にたまりやすい。
・深海魚が捕まった時、驚いて暴れる、なおかつ釣り上げられて水面に来て体が温められると、体の中のガスが膨らんで、内臓を押し出す。体の弱いところから外に向かって飛び出す。それが、テレビ番組の漁師さんの映像。
・水族館では、深海魚にストレスがかからないように、静かに、ゆっくりと、そして冷やして、採ってくる。
漁師さんも、寒い冬にはたくさん魚が採れないから、水族館の職員さんに協力してくれています。
(保護者の方へ)
 古い本ですと、深海魚の目が飛び出す理由として、「さかなの浮き袋が膨らんで、内臓を押し出す」という説明があります。それも一部正しいのですが、多くの深海魚は、浮き袋がなかったり、空気の代わりに油がつまってたりします。空気の入っている浮き袋を持ったさかなは、コイとかフナとかなのですが浅い環境に住んでおります。理科の図鑑などによく取り上げられている「さなかの構造」の説明に使われるため、そのような説明がしやすい、ということから、一般的な回答になっています。
 きっと、その当時は、100mぐらいでも十分に深海なので、これで良いだろう、と思ったものと思われます。なお、今回の説明は、主に800mぐらいまでの水族館で飼育している深海魚にフォーカスしています。もっと深い環境では、まだ研究が進んでおりません。
 今回、お子様は、水深の深いところに棲む海洋生物にご興味がありそうで、その環境では、空気は正しく気体としては存在できないので、「さかなの浮き袋が膨らんで、内臓を押し出す」の説明は、省いています。なにか図鑑などで、そのような記述を見かけたら、フォローアップしてあげてください。