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いいんだぜ

この大SNS時代において可視化されたように、人間という生き物は自己の存在を誰かに承認してもらうことをすこぶる気色よがる性質を持っているわけだけれども、私のようなクソ人間はあいにく他人に「いいね!」ってしてもらえるような特性/特質を帯びた生活を営んでいなくて、大体日常が寝床と最寄りのスーパーマーケットの往復で、そんな映えないルーティンを繰り返して人生をすり減らしている、慊りないなあ、などと思ってはいるのだけれどもさりとて生活はそう簡単に変えられない、今日も起床即近所のマルエツに行って激安焼酎をゲトっては水道水で割って酩酊、往年のパンク歌手が言うてた名台詞、「俺の存在を頭から打ち消してくれ」を絶叫絶唱して、アルコールの作用で昏倒、気づけばもう夜、みたいなクソでしかない日々を送っていて、これではSNSに映えないどころか草の一本も生えない蝿以下の生活であるよなあ、などと思いつつ、今朝行ったスーパーには「あいつまた来た」と思われるのが癪で寄れない、からちょいと歩いたファミリーマートまで行って紙パックの日本酒買うて今日も死んだみたいに酔うかあ、とレジに赴いたときに気づいた、今日は予定があった。

その予定は何かというと都内某所、まあ言っちゃうと渋谷で行われるライブイベントで、出不精な上そういうイベントで行われる一体感を醸し出すためのコールアンドレスポンス、ライズユアハンズ、ヤーマンラスタパーティー、イエーイ、みたいなノリが発狂するほど嫌いな自分は、普段であればそういった催しには絶対に赴かない、しかし今日はそのイベントの趣旨が敬愛する中島らもの没後20周年記念、というものであり、本当に勝手にらも氏の没後弟子を気取っている自分は、これは行くしかないっしょ、と、アルコールの勢いで普段ならば絶対出し渋るであろうチケット代をパカっと払ってチケットを手に入れていたのであり、それを開催寸前で思い出した自分は、根がケチにできているのもあってだいぶ酔った状態で地元たる埼玉県から渋谷駅まで埼京線で向かった。道中では諏訪優著「ビートジェネレーション」を読んだ。けれども、すでに起きてから都合四合くらい飲んでいた自分の頭には何の情報も入ってこず、活字を目から脳まで流すだけの虚しい作業を続けながら電車に揺られた。道中スマホをいじりながらジョーカーみたいな顔してニヤついてるJKがいたけれども、彼女の方がよっぱど有意義な時間を過ごしていたと思う。

そんなこんなで渋谷に着いて、まだ時間があったのでこの土地で唯一好きな店である古本屋へ向かう。大体自分は渋谷に来ると謎の頭痛に苛まれるという奇癖があり、いてもたってもいられなくなって即飲酒できる場所に向かってしまうのが常であったけれども、今回は事前に家でそれなりに飲んでいたからか、危惧したような頭の痛みには苛まれず、浮き浮きの足取りで古本屋へと向かえた、のだけれども、駅を降りて歩き出すと都合悪く夕立、最近の言葉でいうゴリラ何ちゃらが降ってきてしまって、気圧の変動に極端に弱い自分は瞬間に猛烈な頭痛に苛まれてしまった。そんな状態で古本を掘れるわけがなく、朝吹亮二詩集とか、バロウズとケルアックの「そしてカバたちはタンクで茹で死に」とか、いい本いっぱいあったのに一冊も買わずに店を出る羽目に陥ってしまった。クソが。虚弱体質のせいで楽しみな古本屋ディグもまともにできない自分を恨みながら階段を下って、ブコウスキー「ポストオフィス」の英書を横目に眺めた。英語をほぼ読めないにも関わらず欲しくなってしまうのはなんでだろう。

ズキズキと痛む頭を抱えながら、この種の頭痛は麻痺剤を用いてどうにかするしかないという経験則を持っている自分は、モルヒネの代わりに現代で手に入る最も手軽で安価な鎮痛剤、アルコールに助けを求めることにした。けれどもここは渋谷、どこもかしこもお高くとまっていて、囊中乏しい貧民である自分が楽しく飲める場所なんて見当たらない、悲しい気分で道玄坂を登り切ったところにやっと見つけたオアシス、餃子の王将。僥倖、と本当に口に出して店内にイン。するってえとこの店独自のセットでビール+ザーサイ、餃子6個、に加え中華つまみ一皿という酒を飲むしかないメニューがある。すかさずそれを注文して、しばし悠久の時。タバコも吸えるしずーっと行きたかったトイレも行けるしで、「もうこれで帰ろうかな」と思ってしまったのはここだけの話。

まあそれなりに気持ちよくなって会計を済まして開演数分前、会場であるライブハウスへ向かう。ハコ前は結構な人だかりで、時間はだいぶ過ぎているにも関わらず大勢の客たちが入場を待っている。その輪に加わり待っていること数分で整理番号が呼ばれた。ライブハウスに連なる列の最後尾に位置づける、と、前に並んでいた同年輩と思しき女性に声をかけられた。
「あの〜、整理番号何番ですか?」
普段の生活で女の人に声をかけられることがない自分はドギマギしてしまい、訳のわからない気持ちになって、あ、あ、どうしようかな、って、村八分みたいな気持ちになって、結局、めちゃくちゃおそーい口調で、
「あ、ぼく、にひゃくごじゅうばん」
と、言った。
「あー、そうですか」と、返事。それ以降会話が交わされることはなく、彼女は会場に入ると同時にどこかへ消えてしまった。グッバイ。

それから、らもゆかりの曲が流れるDJがあり、ライブがありトークがあり、で、大円団って感じでイベントは終わった。その模様を詳細に書かないのは、というか書けないのは自分が酔っ払ってしまったせいで、はっきり言って何が起こっていたかあんま覚えていない。
けれども唯一ハッキリと、鮮明に記憶しているのはラストの「いいんだぜ」で、敬愛する町田康をはじめそうそうたるメンツが壇上でかの楽曲を歌っている様子は、全く世代ではない自分の涙腺にも何かくるものがあった。涙に潤んだ瞳で見つめる壇上には初老の演者しかいなかったはずだが、自分にはロックスターが集結しているように思えた。

君がどんな人間でもかまわないんですよ、と全肯定してくれる楽曲を書いた、中島らもという人間の懐の深さに改めて感服しつつ、気づけば電車内で寝落ち、ベロンベロンに酔ったせいで降りるべき駅で降りれなかったのでこの文を書いた。
コンビニでトリスの小瓶を買って、投げられてたカネテツのちくわ食いながら。

こんな俺でも「いいんだぜ」って、らもさん、言うてくれるかなあ。

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