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「蜜蜂と遠雷」の魅力

ピアノと恩田陸が好きな人にとってはたまらない小説です。

この小説のすばらしいところを語っていると楽しくなってとりとめがなくなってしまうので、ちょっと落ち着いてその魅力を分解してみました。

1 誰が主役かわからないほど登場人物が濃い

この物語はピアノコンクールが舞台なのでコンテスタントがメインではありますが、その家族や友人などの周辺人物、そしてコンクール側の審査員、調律師など、あらゆる登場人物が、とにかく人間味豊かで魅力的。そして全体的に嫌な感じがなく、いわゆる好感度が高いのです。その中でも主要人物のコンテスタント4人は際立って素敵。

まず栄伝亜夜。元天才少女。のんびりした性格でいつも自然体。その親友の浜崎奏は鋭い批評眼を持っている。

次に高島明石。音楽家をめざしたこともあるサラリーマン。控えめな性格。妻満智子は物理の教師、友人の仁科雅美がテレビ番組の撮影のために明石を追うが、この二人の一般人目線がまた好ましい。

そして風間塵。謎の自然児で異端の天才。マンガ「ピアノの森」の一ノ瀬海みたいな存在かと思いきや・・・主役というよりジョーカー?

正統派スター、王子様なマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。日本人とフランス人の血も混ざったラテン系?の国際色豊かな体育会系ピアニスト。

2 圧巻の演奏シーン

主要登場人物以外のコンテスタントも含め、今にも音が聴こえてくるような、映像が見えてくるようなリアルな演奏シーンがこの小説の肝です。本人だけでなく家族や友人、他のコンテスタントの回想シーンや心象風景が入り混ざって描かれる、コンテスタントの渾身の演奏に心揺さぶられます。

また、一次予選、二次予選、三次予選・・・と会場の雰囲気が目まぐるしく変わっていくのも面白いです。

風間塵の、「天から降ってくるような」「悪魔」のような音。嫌悪と絶賛の両極端の反応を引き出す演奏。自分はどちらなのか、聴いてみたくて仕方ない。

明石の説得力あふれる豊かな音は心地良さそう。特に「春と修羅」は明石の解釈、カデンツァに興味津々。

マサルの観衆を魅了する華やかな演奏。打楽器のように打ち鳴らすバルトーク、想像するだけでカッコいい。

亜夜のノーブルで深い大人の音楽。「情報量が多い」演奏は聴きごたえがあるに違いない。ノヴェレッテンを聴いて涙したい。

3 演奏プログラムが興味深い

曲順を見るだけで幸せ。ワクワクします。一度読んで、また振り返ると、さらにワクワクします。これだけで一晩語り合えます。

4 謎解きの要素がある

初めに提示される風間塵という謎の存在。「ギフト」か「災厄」か。物語が進んでいく後ろで、審査員の悩みがずっと続き、途中いろいろなドラマに気をとられながらも、そういえば、と振り返って考えさせられます。

5 語り手が絶妙

いろいろな語り手が出てきて、目まぐるしく交代するんですが、これが自然で、心地よいです。

けた外れの天才や、クセのある審査員の独特の語り、音楽家ではないけど応援している家族や友人などの穏やかな語り、同じ人でもテンションが上がったり下がったり、でも自然な流れで読みやすいです。

6 読後感がクール

勝利を目指す、みたいな体育会系というわけでもなく、成長物語でもない。音楽の凄さ、コンクールの面白さ、いろいろな要素が絡み合いますが、読み終わった時、暑苦しくなく、不思議な読後感を味わいました。

音楽のクールな部分に焦点を当てたような。私の中では「かもめのジョナサン」とか「国宝」に近いです。

7 つまり

さすが恩田陸先生の筆力、テキストからこれだけ音楽を聴かされるなんて、本当に素晴らしい体験でした。あまりに自分の頭の中で登場人物や演奏シーンを具現化してしまったので、いまだに映画を観れていません。そのうち観そうな気はするのですが・・・正直観たいんですが・・・

ぜひたくさんの人に読んでいただいて、この先出会った人と、この小説の誰が好きとか、どこがよかったとか、いろいろ話せると楽しいだろうなあ、と思います。


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