上手い短編集「フィルム」(小山薫堂)
この本は、最近たまたま職場の方から貸していただいたものですが、正直なところ、お借りした時は特に興味も惹かれず、その時すぐに読みたい本が他にあったので、「とりあえず通勤電車の中でサラッと読んでさっさと返すか」と読み始めました。
ところが、です。もういきなり全然サラッと読めない。なんだこの圧倒的に上手い小説!これはヤバいヤツだ!と、かつて乗り過ごした苦い経験から本能が危機を察知したので、片道1編だけ読むことを固く決意して、数日かけてじっくり読みました。
ということで、とりあえず最初の2編のみ軽く感想を。
アウトポスト・タヴァーン・・・なんということもない出だしから、いつの間にか主人公とともに思いがけない展開に振り回されたり、ちょっとした感動を味わったり。たぶん誰もが知っているちょっとした現実のやりきれなさとか、ほろ苦いノスタルジーを感じながらも、さわやかな気分で読み終わります。この最初の作品にまず心をつかまれました。
フィルム・・・タイトルにもなっている作品。意外性のあるストーリーではないし、背表紙にもあらすじが少し書かれているので、それを読んだだけで、どういうタイプのいい話かというのも予測できているはずなのに、ついでに私は全然涙もろくも感動しやすい質でもないですが、正直ホロっときました。登場人物にキレがあります。最後のおじいちゃん卑怯・・・
などなど、なんとも質の高い短編集です。プロの方に向かって私ごときがおこがましいと思いながらも、あえて言いたくなるくらい、もう文章が半端なく上手い。その小説の世界に引きずり込まれるのに集中力は不要です。そしていい本を読んだなーという充実感や満足感を得られます。なのに、疲れない、重くないのもありがたい(だって短編集読むのに気力も体力も使いたくないです)。
また、常に美味しそうとも限らない(美味しそうに描こうとしていない)料理やお酒、レストラン、バー、それからちょっとしか出てこない登場人物も全部魅力的。やたらと興味をそそられます。
なお、私が知らなかっただけで、著者はかなり有名な放送作家・脚本家(料理の鉄人とか!納得!)ということで、筆力あって当然の実力者でした。