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世紀末美術館

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絵の登場する小説と短歌について書いています。
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#海外文学

世紀末美術館⑦

世紀末美術館⑦

⑦カポーティと絵

彼女の唇は、ひびわれてかさかさになっている。何と切り出したらいいのかわからずに震えていて、まるで言語障害にかかっているようだ。目は、ゆるくはめこんだおはじきのように眼窩のなかでくるくる動いている。その、おどおどして内気な様子は子どもを思わせる。「絵を持ってきたんです」彼女はいった。
/カポーティ「無頭の鷹」、川本三郎訳

もしかすると存在すらしていないぼくのてのひらにあるぬばた

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世紀末美術館③

世紀末美術館③

③シュオブと絵

・・彼はリリスを愛した。これはアダムの最初の妻で、男から造られた女ではなかった。エヴァのように赤い土ではなく、非人間的な物質でこしらえられていた。蛇に似ていて、他のものたちを誘惑するようにと蛇を誘惑したのは実はこの女なのである。彼には、彼女こそ何者にもまさる真の女、最初の女であると思われた。そこでこの世で最後に愛し、結婚したこの北国の娘に、リリスという名を与えた。
/マルセル・シ

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世紀末美術館②

世紀末美術館②

②エイメと画家

モンマルトルのサン・ヴァンサン街のあるアトリエに、ラフルールという名前の画家が住んでいた。彼は自分の仕事に愛情と熱意と誠実さを抱いていた。三十五歳の年齢に達したとき、彼の絵は極めて豊かで、敏感で、新鮮で、実質的なものになったので、文字どおり栄養物にふさわしくなった。それも単に精神にとってばかりでなく、肉体の栄養物になったのである。
/マルセル・エイメ『よい絵』、中村真一郎訳

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世紀末美術館①

世紀末美術館①

①ナボコフと絵

そしてシンプソンは、深く息をつくと、彼女のほうへ身体を動かして、苦もなく絵の中へ入り込んだ。すぐに激しい冷気で頭がくらくらし始めた。ギンバイカと蠟と、かすかなレモンの香りがした。(中略)
ヴェネツィアの女は流し目に微笑んで、そっと毛皮をなおしてから手を籠に落とし、小さめのレモンを差し出した。輝き始めた彼女の目から目をそらさずに、シンプソンは彼女の手から黄色い果実を取った。そしてそ

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