隠蔽すれば処罰されない
国連は月給泥棒
18日午前(日本時間夕方6時)ハーグ郊外のレバノン特別法廷(STL)で始まった判決言い渡しは微に入り細をうがち、延々と続けられた。この長文は、これまで費やされた15年の歳月と費用に対する、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのだろうか。そんな感想が一番に来た。
しかし、結論はこの1行だ。「暗殺は政治的な動機で行われたかも知れない。しかし、ヒズボラやシリアが直接関与したという証拠はない。」そして、被告4人(5人が起訴されたが、ヒズボラ幹部の一人はシリアで暗殺され公訴棄却済)中、主犯ひとり(アイヤーシュ。ヒズボラ関係者)を有罪と認定した。そんな評論家然とした結論を聞くために、15年間判事らに給与が支払われ、多額の費用を投じて証拠調べが続けられたのだ。
「刑罰逃れに対する国際的な戦い」
ドイツ外務省はツイッターを通じて、「判決は刑罰逃れに対する国際的な戦いにおける重要なステップだ」と評した。そして、司法手続きは法の支配を確立する上で重要なコミットメントだ、とも言及している。
明らかに国際特別法廷の限界を示した判決に対するコメントとしては、違和感を感じないわけにはいかない。もっとも、それは「国際法廷など所詮そのようなものだから、前向きに捉えよう」という趣旨なのであろうか。
法の支配を確立するために
世界の平和と安定のためには、テロを撲滅し、腐敗した政治家や国家指導者による人道に対する罪、巨悪を「法の支配」によって取り締まるべき、という大原則を確立するため、人類はこれからもこの道を歩んでいかなければならない。そのために国際刑事裁判所が設置されたのであるし、レバノン特別法廷もまた、重要な役割を果たすことが期待されていた。
しかし、18日に示された判決の、その限界を直視すれば、誰もが次のような感想を抱くであろう。「バレなければ、処罰されない。証拠がなければ、罪には問われない。それが法の支配か…。」
圧倒的な専制政治の下で、または、邪悪な組織が支配している国では、犯罪行為が起きても、その客観的な証拠は、国際司法の手が伸びる前に隠滅されている可能性が高い。それで、どうやって正義を判定できるというのか?
おっと、この話をしているとそれは国際場裏に留まらず、国内司法の今日的課題であるということに気が付いた。公文書を平気で改ざんして罪に問われず、それを指示した公務員が出世し、汚れ役をやらされた部下が自死しても、原因を作った張本人は知らぬ顔、という国の「法の支配」は大丈夫か?いつから日本はそこまでの司法後進国に堕したのか?
(参考)レバノン特別法廷が何であるかについては拙稿「ベイルートの爆発とレバノン特別法廷」とそのリンク先をご参照ください。
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