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ジャバラのまど vol.16 幻のジャズアコーディオン奏者 Alice Hallのこと

1940~50年代のことを、アメリカのアコーディオン史の中では「黄金時代(ゴールデンエイジ)」と呼びます。のちにジャズアコーディオニストの代名詞となるような面々が群雄割拠し、ポピュラー音楽の中でのアコーディオンの礎が築かれていった時代。ほとんどが男性奏者である中、異彩を放っていたのがAlice Hallでした。Benny Goodmanをはじめ、Duke Ellington、Peggy Lee、Nat King Cole、Lena Horne、Dizzy Gillespieなど、錚々たるビッグネームとのステージをこなし「ジャズアコーディオンの女王」の異名もある彼女ですが、その活躍の割に名前が知られていない、いわば「幻のジャズアコーディオン奏者」。その大きな理由はおそらく、音源がほとんど残っていないということに尽きるでしょう。とくにレコードは、シングルを2枚出しただけなのです。
1917年ベルギー生まれ。幼少時に家族とともにアメリカに移民。父親の影響で11歳でアコーディオンを始め、13歳でラジオ出演したのを皮切りにプロとしてスタートします。
楽器はヨーロッパで一般的なボタン式のクロマチックだったので、アメリカではフィントピアノ(ボタン式アコーディオンに偽物の鍵盤を貼り付けてピアノアコーディオン風に見せるもの)を弾くようになります。この楽器は主にヴォードヴィル(コントやショーを集めた小劇場。日本でいえば寄席のようなもの)で人気があったのですが、Aliceには「この楽器で、芸人が弾くような曲(Alice曰く「Jolly Caballero」)以外の何かができるということを証明したい!」という強い思いがありました。「Jolly Caballero」というのはこのフィントピアノの考案者でヴォードヴィリアンのPietro Frosiniの代表曲でこんな曲です。(本人音源が無かったのでカバーで。)

音楽としてのジャズもまだ生まれたての時期で、ましてやその中にアコーディオンの居場所もまだ無かった頃。妹とのアコデュオから始まり、トリオ、カルテットと編成を変えながら演奏活動を積み上げていきます。
そして1940年代初頭、多くの男性が戦争に駆り出され、相対的に女性ミュージシャンの存在感が大きくなったことにも後押しされ、多忙な演奏生活が幕を開けたのでした。
八面六臂の活躍に反して、かろうじて残されたレコードは1949年にキャピトルレコードから「Caravan」「Pennies from Heaven」の2曲。これ以外には、あまり音質の良くない自主制作カセットしかありません。上記の2曲はYoutube上で聴くことができます。

Alice Hallの演奏を一聴して、まず驚くのはそのエネルギッシュさ。弾きながら自身でスキャットを入れるのも特徴で、盛り上がってくるとシャウトまでしたりして、小躍りしながら演奏する姿が目に浮かぶよう。
レコードを残さなかった理由についてはのちに彼女は「演奏の仕事が忙しすぎたから」と語っているのですが、もしかしたら演奏の仕事が楽しすぎたから、というのが本当の理由かも? 当時まだ新しいジャンルだったジャズという音楽。彼女はインプロの名手でもありましたので、そのステージの一瞬一瞬の中にアコーディオンの可能性を発見し続ける毎日が刺激的すぎて、録音のためにスタジオにこもる気になれなかったのかもしれませんね。
アコーディオンの世界には、いや、他の楽器の世界にも、このような知られざる名演奏家がまだまだいるのかもしれません。

ところで、同じフィントピアノ式アコーディオンで有名なジャズ奏者にLeon Sashがいます。彼も「Pennies from Heaven」を弾いているので聴き比べてみるのもおもしろいのではないでしょうか。


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