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ぬりえ

 「俺にとって、恋愛は『勝ち・負け』なんだよね」

 あの日と同じ、白いタートルネックワンピースに、黒のカーディガン。そして、あの、お気に入りのヒールを履いてきた。いつもの癖で、かかとにバンドエイドを貼って。

 もうすぐあの駅。あとひとつ。間に合うだろうか。

 ひろみは電車に揺られながら、うっすらと懐かしの改札口を思い浮かべていた。

 〈そういえば、あの日はすごく寂しい思いをしたんだったな〉

 本当はあの時に、全ての結果が出ていたのかもしれない。それなのに、どうしてこんなに強く、深く、こんがらがってしまったのだろう。

 ひろみは、窓の外を眺めながら、大きくため息をついた。

 ガラスに映ったショートカットの自分。失ったのは髪だけではない。すべてを「真っ白」にして彼を忘れようとした。

 薬指には、光る指輪。

「きみはそのままでいいよ」
傷ついた私の心に寄り添って、そっとバンドエイドを貼ってくれた人がいる。

 そう、もうあの頃の自分とは違うんだ。

 でも…。

 二人の記念日に、あの改札口で再会した奇跡。それがセピア色になったまま、頭からずっと離れない。

 「俺にとって、恋愛は『勝ち・負け』なんだよね。でも、どうしてもおまえには勝てない。強がっていないと、自分が自分でなくなっちゃいそうで恐いんだ」

 別れ際、彼は俯いたまま、ため息混じりにそう言った。

 小指のバンドエイド、ササクレを剥いちゃったって言ってたけど、あれ、本当はジャガイモの皮剥きをしている時に作った傷なの。知らなかったでしょ?私、とても不器用なのよ。あなたに知られたくなくて、ずっと隠していたの。

 「あの人、いつ、自分が『勝っていた』ことに気付くのだろう」

 小さな呟きとともに、ひろみの後ろでドアが閉まる。

 思い出がいっぱい詰まっているこのホームに足を踏み入れるのは久しぶり。

 もしかしたら、記念日のあの時間には、彼は昔のようにあの場所に来るかもしれない。そして二人に奇跡が起こるかもしれない。そう期待しながら、この数日をソワソワしながら過ごしてきた。

 胸の高鳴りと共に、変わったはずの自分が馴染みの風景に同化してきているのがわかる。 

 今度こそ。きっと今度こそ。

 その時、突然。
 セピア色の視界を割って、真っ赤な色が飛び込んできた。目の前で転びそうになっていた小さな男の子の帽子だった。

 「大丈夫?」

 男の子の肩を支えた瞬間、一瞬にして周りの風景と視界とのピントが合う。セピア色だった風景が一気に色を成していく。

 「ご、ごめんなさい!」

 頭を下げている少年の横をツアー客らしき長い行列がガヤガヤと通り過ぎ、構内の雑音も突然耳に鮮明に入ってきた。

 慌ててしゃがんだ拍子にスマートフォンの振動がひろみの右脇腹に伝わる。

 バカだな、私。

 改札口が見えてきたところで、ひろみは急に向きを変えた。夢に何度も出てきたセピア色の風景が、現実のひろみによって新しい色に塗り替えられていく。

 スマートフォン画面に映った『今夜はトンカツが食べたいな』の文字。気付けば、他にもくだらない話題で盛り上がっている同僚たちのグループラインが流れている。

 そう。私はあの時、どんなに心が重くても、この「現実」に生きると決意したんだった。

 バンドエイドを貼っていた心がピンク色に染まる。

 帰ろう。

 ひろみはカーディガンを脱いで左腕にかけると、背筋をのばして階段を戻り始めた。

 改札口の向こう側には、懐かしい横顔があった。ひろみは、それだけはセピア色のまま、バンドエイドと一緒に大事に持ち帰った。


◆心のバンドエイド 〜イメージストーリー〜◆

本間先生創作歌詞からのイメージ編

※clubhouseの「ゆりクラ」より

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