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廃校の桜と御湯神社/鳥取県岩美町

 3月30日、鳥取県岩美町にある岩井温泉を訪れました。頭に手拭いをのせ、上から湯をかぶるという風習が伝わることから、別名「ゆかむり温泉」と呼ばれています。源泉掛け流しの共同浴場と温泉宿が2軒という、こじんまりした温泉ですが、その歴史は古く、玉造温泉や城崎温泉など、長い歴史を誇る名湯の多い山陰地方で最古の温泉ともいわれています。

 6時に開く町の共同浴場で朝風呂を楽しんだあと、カーナビの地図でふと目に止まった「御湯神社」に立ち寄ってみました。

 神社の参道に車を乗り入れると、満開の桜並木が出迎えてくれました。神社のある山の麓にあった、旧岩井小学校の桜でした。1873年に開校した小学校で、1892年には鳥取県最古の擬洋風建築の校舎が建てられたそうです。その後学校は1917年に現在の御湯神社のふもとに移転。2001年にその歴史を終え、廃校になったようです。

 桜並木の向こうの広場は、かつては校庭だったのでしょうか。そこには、ここが岩井小学校跡であることを伝える石碑が建っていました。この学校の卒業生にとっては、今も春ごとに咲く桜が思い出のよすがになっているかもしれません。


 参道を歩いていくと、石段に突き当たります。御湯神社です。鳥居をくぐって石段を登ってゆくと、古びた山門がありました。さらに奥へ進んでいくと、杉木立の向こうに、思いの外立派な社殿が見えてきました。

 境内には「松魂慰霊碑」がありました。忠魂慰霊碑ならよく見かけますが、松魂って?と不思議に思っていると、手水舎に説明書きがありました。それによると、御湯神社は千数百年前(平安時代初期)に創建された由緒ある神社で境内には松、杉、椎などの木々が鬱蒼と生い茂っていたが、昭和50年ごろから全国で発生したマツクイムシの被害により、樹齢400年の松の老木も枯死してしまったそうです。そこで、被害に遭った樹木を伐採、売却しそのお金で手水舎を建て拝殿の屋根を吹き替えるなどしたそうです。そうして活用された松の魂を慰めるために、石碑を建てて顕彰しているということだったのです。

 不幸にも失われた松を思って慰霊碑を建てる、そんな町の人々のやさしい心根を見た気がしました。

 そうして修繕されたという拝殿は、歴史の風格をそなえた立派なものでした。奉納された幕は新しく、灯油のポリタンクやファンヒーターが置かれている様子から、今も人々が集い、信仰されていることがわかります。静かな里、人影のない境内だけれど、人の営みを感じる場所でした。

 境内には見事な椿の大木が花を咲かせていました。花々が彩るこの静かな場所が、いつまでも人の温かみのある場所であってほしいと思いました。

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