読書録/デザイナー
▪️一条ゆかり「デザイナー」集英社文庫
これは、少女マンガが一番少女マンガらしかった時代の、代表的マンガの一つといってもいいのではないでしょうか。と書き出して、「少女マンガらしさ」って 何だろうとふと思うのですが、それはズバリ、少女のリアルな世界ではなくて、少女の頭のなかの超現実の世界を現実化したもの。現実には、フツーの家のフ ツーの子であっても、頭の中には違った自分がいて、非日常の超現実を垣間みたいと常々願っています。その超現実を紙に描き出したもの、それが、私が少女 だったころの「少女マンガ」でありました。
だから、現実的に考えると、おかしなことが一杯あるわけです。主人公の亜美。すらっとしたクー ルビューティ、18歳でトップモデルなのはいいとして、高級スポーツカーを乗り回し、しかもA級ライセンスを持つレーサー。しかし出自は一切ナゾ、実はみ なしごで本人は両親が誰かも知らない。高級クラブでお酒をあおり、人気カメラマンをソデにする。少女が頭の中で妄想する、憧れの世界をそのまま生きている のが彼女です。
「誰もがはっと振り向く美しさ、仕事は一流、趣味も一流、お金に不自由せず、親からも離れて自由に生きる」。そんな彼女なのに、心 には満たされない、そう、私は出会ってしまった、心から安らげる人に~。というわけで、そんな憧れの権化、亜美に唯一欠けているもの、愛し愛される関係を 求めてストーリーは展開していくのですが、ここからまさに幸から不幸へ上下する、ジェットコースター・ドラマの幕が切って落とされるのです。
孤独なまま、自分だけを信じていた亜美が「この人なら、心を許せる」と思い心通わせたのは、ロマンスグレーの雑誌編集長。しかし!実は彼は亜美の××だっ た…。絶望した彼女は高級スポーツカーで暴走、事故を起こして脚を負傷。モデルとしては再起不能に陥ってしまう。そんな彼女に目をつけたのが、結城コン ツェルンの若き御曹司、結城朱鷺。彼は亜美に、デザイナーとして再出発することを持ちかけ、1ヶ月の猛訓練を経て、ライバルの大御所デザイナーに対抗馬と してぶつけていく。デザイナーとしてのデビューは大成功。再び脚光を浴びる立場になった亜美は幸福の絶頂へ。そんな中、彼女のパトロン、朱鷺への視線がや がて恋の熱を帯びてきて…、それが次なる不幸の始まりとなる。
…と、幸福の絶頂から奈落の底へ、激しいアップダウンの連続する展開に、 「そんなヤツおらんやろ」「そんなワケないやろ」と突っ込む冷静な思考力をもはや奪われ、それどころか息をつく間もなくページをめくりつつ、ストーリーに飲み込まれてゆく…。そんな快感にどっぷり浸れる。それこそ、少女マンガの醍醐味ではなかったでしょうか。
ある意味、マンガのもたらすとってもプリミティブな快感を、堪能させてくれるのが本作なのです。
容赦ない不幸が襲いかかって涙、涙のラスト。しかし、「ああ、なんて不幸なの~」と悲しみながら、どこかで、「ああ、だからフツーで良かった」と、平凡でフ ツーな自分の幸せを噛み締めていたり。少女の頃って、こんなふうに架空の世界で味わった不幸で、今ある自分の状況を確認する必要があったのかもしれませ ん。
そして、これは大人になってから改めて読んで気づいたのだけど、多分、隠されたテーマは「女性が自立して生きるということ」。亜美の ライバルとなる大御所デザイナーは、その意味でとっても大事なキーパーソン。彼女は亜美の不幸を生み出した元凶でもあるのだけれど、実は女性が社会で自分 の夢を実現して生きて行くために、通らなければならなかった戦いの道を歩んでいるんですよね。亜美はそのために、「犠牲」にならなければならなかった存在でもあるのです。
このマンガが描かれてから、もう40年近くがたつけれど、「犠牲」を出さずに夢を実現できる、そんな生き方が出来る社会に私たちは生きているのだろうか? と、ふと立ち止まって考えてしまったのでした。
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