『原神』がパクリなら、『ゼルダBotW』はオリジナルなの?ゲームの盗作問題を考える
miHoYoの開発した新作『原神』が、任天堂の『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下、ゼルダBotW)の盗用、パクリではないかと批判されている。
元々作品の詳細が発表された2019年6月頃からその類似点は指摘されていたが、実際に『原神』がリリースされ、そこで「パクリだ」「盗用だ」といった批判が、時に感情的な文脈をもって再燃した。
批判する者の中には日本人のみならず、意外にもmiHoYoの所在する中国からも声があり、2019年のChina Joyでは『原神』ブースでNintendo Switchをわざとらしく掲げて見せたり、Playstation 4を何者かが破壊するといった事件が起きたこともある。
本当に『原神』は『ゼルダBotW』を”パクって”いるのだろうか?
あるいは、『ゼルダBotW』は何も”パクって”などいない純粋にオリジナルな発明なのだろうか?
そもそも、ゲームにおける「パクリ」とは罪なのか?模倣しないゲームなど存在するのか?
最近では日中の国際関係も相まってか、異様に感情的な意見が入り混じるこの『原神』と『ゼルダBotW』の論争。
今こそ冷静に「原神はゼルダBotWの何をパクったのか、そして何を発明したのか」「BotW以前にあった原型となるジャンルがあった」「ビデオゲームの”盗作”問題はどうなっていくのか」を中心に、散々繰り返されてきたビデオゲームの盗作問題について私なりに結論を出したい。
原神はゼルダBotWのパクリなのか?
実際に『原神』と『ゼルダBotW』を遊んでみれば、巷で指摘されているような類似点はすぐに見つけられると思う。
まず『原神』を起動するとオープニングが流れた後、プレイヤーは崖を上るように指示されるのだが、その登り方がスタミナを消費しながら岩肌を掴むという仕組みで、これはまんま『ゼルダBotW』の「がんばりゲージ」システムに着想を得たものだろう。
そのうえ、道端には拾える木の実がぶらさがっていて、その周囲を走る小動物を剣で切るとその場で生肉と化す。それらを焚火の上にある鍋へ一緒に放り込むと、素材を鉄串を刺しただけの料理と呼ぶのはあまりにも原始的な代物が完成する。
これもやはり、『ゼルダBotW』のチュートリアルで空から降ってきたご老体に学んだことだ。それだけではない。序盤に出てくる敵がどれもチュチュやボコブリンの亜種にしか見えない造形や、弓を射るSEや草木が揺れる環境音、また爆発や炎のエフェクトに至るまで、どれもこれも『ゼルダBotW』を想起するものだ。
このように最初の1時間ほどをプレイ、あるいは動画で確認した者が、『原神』は『ゼルダBotW』を不当に盗んだものだと告発するのは無理からぬものに思われる。
ところがゲームを遊び続けると、このゲームを作ったmiHoYoと任天堂がプレイヤーに期待する遊び方がずいぶんと違うとに気付いた。ゲームにはデジタル、アナログ問わずどれも少なからず「こう遊んでほしい」とデザイナーが考える設計、平たく言えばゲームデザインがある。
『ゼルダBotW』にはとことん作り込んだ風光明媚なハイラルという箱庭の中で、存分に冒険してほしいデザインと、もう1つ『ゼルダ』として伝統的な数々の難題パズルを解いてほしいデザインが中心にある。よってこのゲームでリンクはあちこちを走って、飛んで、登って冒険した中で祠や神獣を発見し、そこに突入してからは知恵と道具を駆使しては頭を捻りながら難問へ挑む。
一方で『原神』はどんな遊び方を推奨しているのだろうか。とにかく広い世界を走り回って冒険してほしいのは『ゼルダBotW』に近い。だがこの世界にはハイラルと異なり様々な生者がいて、彼らは一様にリンクに依頼を投げかけてくる。『BotW』でも所謂”サブタスク”的なものはあったが、『原神』はまるで役所のように仕事が増えていく。その上、タスクの内容はあいつを倒してこい、あるいはあいつを倒してあれを奪ってこいといった物騒なものが多い。逆に『ゼルダBotW』の神獣で散々苦しんだようなパズルは少なく、『原神』というゲームがプレイヤーに求める姿は難題を解く賢者ではなく蛮族を討伐する戦士のように感じる。
象徴的なのが成長システムである。『ゼルダBotW』における成長とは、あくまでプレイヤーが難題を突破した時の報酬であり、ゲーム攻略においてそこまで重要ではない。実際に最速でクリアを競うRTAでは、一切ハートを増やさず、つまりキャラクターを成長させず攻略することもある。何故なら、成長によって攻撃力、つまり戦闘のみの恩恵は得られず、戦闘に必要な武器も使用頻度に応じて簡単に壊れてしまう。あくまでプレイヤーの工夫と技術がモノを言うデザインだ。
対して『原神』は明確に様々なアイテムやリソースとして蓄積され、このリソース量に比例して操作キャラクターの性能が増加する。『ゼルダBotW』の影響がみられる風、炎、氷、雷といった「魔法」もパズルを解くための「鍵」ではなく、まず風の魔法で突風を起こし、そこに火矢を放って殲滅するといったコンボに見られるように、無数に湧き出るモブを殲滅するための「武器」そのものとして位置付けられている。
つまり、『ゼルダBotW』はあくまで既存のパズルとアドベンチャーを掛け合わせた3D『ゼルダ』シリーズに、任天堂の言葉でいうオープンエアを導入したゲームなのに対して、『原神』はそのオープンエアこそ借り受けているものの、実際にプレイヤーがすることは戦闘に次ぐ戦闘、「ハック&スラッシュ」あって、そこにある面白さは全く別だ。
だが、『原神』に対してこれほどパクリに対する厳しい目が向けられてきた経緯を踏まえ、私はここでもう一歩フェアな議論をしなければいけないと考えている。
もし『原神』を検証するなら、『ゼルダBotW』もまた検証しなければいけないのではないだろうか?
そもそも、ゲームにパクリ云々の議論自体どこまで有用なのか?
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