結婚できなくて何が悪い!

結婚できなくて何が悪い!

いきなり大げさなタイトルを付けてしまったので、いったいこの話が出雲神話にどうつながっていくのかいささか心もとないが、何はともあれ始めてみたい。

* ちなみにぼくの文章を初めてご覧になった方は、唐突に出雲神話を挟んでくるのはどういうことだとお思いのことと思われますが、基本的にぼくの文章は出雲神話につながる話ばかりなのでご容赦ください。

最近、身近な例を考えても(挙げはしませぬが)、結婚しない人が増えている気がする。出雲の片田舎に棲んでいると、古い価値観が今でも大手を振って歩いているので、結婚しない=おかしな人と判断されかねない。

ところが、最近は40代で結婚しない人は結構ざらにいて、50代でまだ独り身の方もいらっしゃる。となると、時代が変わったと思わざるを得ない。

社会の価値観というのは時代とともに変化することを意識するようになったのはいつのころだったのだろうか。親の世代は20代から30代までで結婚するのが当たり前で、ぼくもずいぶん結婚についてはうるさく言われてきた世代だ。

しかし、時代が変わった今、結婚に関する価値観も大きく変わった気がする。そりゃそうだ。男女平等をうたい、男と女が同じように働ければ(仕事も海外のレベルと比べればまだまだだけれど)、女性は家を守り男性は外で働くなんて、ずいぶんと古い価値観になってしまうだろう。世論調査によれば、結婚したくない人も増加傾向にあるらしい。

だから、結婚しなくてもいいのだといいたいわけではない。選択肢のひとつとして、結婚というものが捉えられるようになってきているといったほうがいいのかもしれない。よって胸を張って言うわけではないが、結婚しなくて何が悪い!と叫びたくなる一部の皆さんの代わりにいってみた(そんな権利がぼくにあるのかはわからないが)。



出雲神話で国引き神話に出てくる神様といえば八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)である。

出雲では八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)を祀っている長浜神社が有名だ。

八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)は国引き神話の内容から巨人の神様であり、あまりにも大きすぎるがゆえに一生独身で終わったのだろうと想像した。しかし、八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)は御子神・赤衾伊努意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおうすみひこさわけのみこと)が存在する。

赤衾伊努意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおうすみひこさわけのみこと)は伊努(いぬ)神社に祀られている。

八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)は巨人の妻をめとったという記述はないので、赤衾伊努意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおうすみひこさわけのみこと)は養子ではないかと想像した。ちなみに赤衾伊努意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおうすみひこさわけのみこと)が巨人であったという記述もない。

さて、それでは神々の時代に巨人族がいたのであろうかと想像したくなる。実は八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)のほかにも巨人伝説が出雲というか石見に存在する。乙子狭姫伝説である。

乙子狭姫伝説では4人の巨人が登場する。大山津見神(おおやまつみのかみ)とその子神・淤加美神(おかみのかみ)、足長土(あしなづち)と手長土(てなづち)の夫婦神である。

太古の昔、赤に乗って穀物を伝えた狭姫という女神がいた。狭姫の母神はオオゲツヒメといい、身体のどこからでも食物を出すことができた。あるとき、心の良くない神がオオゲツヒメの身体にはどんな仕掛けがあるのかと面白半分にヒメを斬ってしまった。

息も絶え絶えなオオゲツヒメは狭姫を呼び、「お前は末っ子で身体も小さい。形見をやるから安国へ行って暮らすがよい」と言って息を引き取った。と、見る見るうちにオオゲツヒメの遺体から五穀の種が芽生えた。狭姫は種を手にすると、そこにやって来た赤雁の背に乗って旅だった。

を渡って疲れた赤雁が高島(現益田市)で休もうとしたところ、大山祇(オオヤマツミ)の使いのが出てきて「我は肉を喰らう故、五穀の種なぞいらん」と狭姫を追い払った。続いて須津(現浜田市三隅町)の大島で休もうとしたところが出てきて同じように追い払った。

しかたなく力を振り絞った狭姫と赤雁は鎌手大浜(現益田市)の亀島で一休みして、そこから赤雁(現益田市)の天道山に降り立った。更に比礼振山(現益田市)まで進むと、周囲に種の里を開いた。神も人も喜び、狭姫を種姫と呼んであがめた。

ある日のこと、種の里を出た狭姫は巨人足跡に出くわした。土地のものに聞くと、大山祇巨人のことだという。巨人が迫って、土地の者は逃げ出した。狭姫も逃げ惑ったが、小さい身体ゆえどうにもならない。命からがら逃げ帰った狭姫だが、巨人たちがいると安国を造ることはできないと考えた。

赤雁の背に乗って出かけた狭姫だったが、とある山に空いた大穴からいびきが聞こえてくる。「そこにいるのは誰か?」と問うと、「自ら名乗らず他人の名を訊くとは何事だ」と返ってきた。声の主はオカミ(淤加美神)といって大山祇の子だった。恐ろしくてならない狭姫だったが、勇気を振り絞って、では直接お会いしたいと強い調子で申し出ると、オカミは「我は頭が人で体がだから神も人も驚いて気を失うだろう。驚かすのはよくないことだ。それより我が足長土に会い給え」と言って急に調子を改めてしまう。

狭姫は考えた。オカミはを降らす良い神だが、大山祇巨人と足長土[1]はどこかに追いやらなければならない。

赤雁に乗って国中駆け回った狭姫は三瓶山の麓を切り開いて巨人たちを遊ばせることを思いつく。

帰路についた狭姫は巨人の手長土に出会った。「夫はいるか?」と問うと、「かような長い手ですもの」と手長土は自らを恥た。「私も人並み外れたちびだけど、種を広める務めがある。御身にも務めがあるはず」といって、狭姫は足の長い足長土を娶せた。手の長い手長土と足の長い足長土は夫婦で力を合わせて幸せに暮らしたという。オカミは後に八幡の神と入れ替わって岡見にはいないが、今でも時化の前には大岩を鳴らして知らせてくれるという。

ここで注目したいのは足長土(あしなづち)と手長土(てながづち)夫妻についてである。足長土(あしなづち)と手長土(てながづち)はヤマタノオロチ伝説に登場する夫婦である。

スサノオが出雲の地に降り立った時に川の上流から箸が流れてきた。そこで人が住んでいるのではとスサノオは思い、川をさかのぼると泣き暮らしている足長土(あしなづち)と手長土(てながづち)夫妻に出会う。

訳を聞くと、ヤマタノオロチが自分たちの娘を次々と食べてしまい、最後の娘・櫛名田比売(くしなだひめ)を食べにやってくるという。

そこでスサノオはヤマタノオロチを退治し、櫛名田比売(くしなだひめ)と結婚したとされる。

さて、ここで遡って足長土(あしなづち)と手長土(てながづち)夫妻について考えたい。この夫婦は巨人の夫婦である。それでは櫛名田比売(くしなだひめ)は巨人なのかというとどうやらそうでもなさそうである。

ということは、巨人からは必ずしも巨人が生まれるわけではないということである。こうなると八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)が結婚していなかったというのも証明できないことになる。

八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)と同じ巨人の娘と結婚していても普通の子神・赤衾伊努意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおうすみひこさわけのみこと)が生まれてくる可能性は残されているからだ。

ぼくとしては、八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)も素敵な巨人の妻を娶って、赤衾伊努意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおうすみひこさわけのみこと)が生まれ、三神でなかよく暮らしましたという結末を描きたいところだ。

かりにそうじゃなかったとしても、心優しき神様である八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)は自分の人(神)生を受け入れただろう。それとも八束水臣津野命(ヤツカミズオミズヌノミコト)も、結婚できなくて何が悪い!なんて思っていたのだろうか。



今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

出雲に来た際は、長浜神社と伊努神社にも参拝ください。

心優しき親子神が出迎えてくれるでしょう ♪

お待ちしています ♪



こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。
 よかったらご覧ください ↓ ↓ ↓


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?