くやしくって泣きたくなる夜もある
noteを読んでいると、ほんとうにいろいろな記事があると思わざるを得ない。
もちろん、みなさん好き勝手に書いているのだから、当たり前ながらいい話ばかりではない。ときとして、世の中を恨んだり、妬んだり、不平不満をさらけ出す文章にも出会ったりする。その気持ちはよくわかる。誰しもこの世の中に不平不満をもっていない人など存在しないであろう。
その昔、出雲神話が架空の物語だという学説がまかり通っていたころ、出雲神話に関する書籍(専門書は別として)はやたらに「無念」「絶叫」「葬られた」「恨み」といった文字のつく題名が多かったように記憶している。それはおそらく高天原から強引に国を譲りを迫られたと解釈されるからで、それについての出雲側からの恨み節が題名になっている気がする。
それではぼくも一人の出雲人として、そのようにこの国の成り立ちに不満があるかと言われれば、別にそんなこともなく(少しはあるかもしれないが)、天皇の正当性に文句があるわけでもない(万が一、あったとしても叩かれるだけであろう)。敗れる側にはそれなりの理由があり、勝つ側にもそれなりの理由がある。それが知りたいというだけのことだ。
*
出雲神話を調べていると、唐突に思いがけない事実に出くわすことがある。先日記事にした乙子狭姫(おとごさひめ)伝説についてである。
乙子狭姫の母神はオオゲツヒメである。
オオゲツヒメはスサノオが下界に降りたときに御馳走を差し上げようとしたが、鼻や口や尻から食物を出しているのをスサノオが見て「汚な!!」と怒りに任せて殺してしまった。
するとオオゲツヒメの頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた。それをカミムスビが回収してタネとしたという伝説が古事記に記載されている。ということは、この石見地方に残る伝説の心の良くない神様とはスサノオを指すのであろう。
オオゲツヒメは死にそうになりながらも乙子狭姫に五穀のタネを手渡し、それを広めるように指示する。さすがは五穀豊穣の神様だけあって、おのれの使命に忠実である。
乙子狭姫の伝説を読むと、巨人の手長土と足長土を引き合わせたのは乙子狭姫だという。すると手長土と足長土にとって乙子狭姫は仲人にあたる。
先の記事にも書いたが、手長土と足長土の娘は櫛名田比売(くしなだひめ)。その夫になるのがヤマタノオロチを退治したスサノオである。
ということは、乙子狭姫が仲人した二人(手長土と足長土)の娘(櫛名田比売)と母神を殺した相手(スサノオ)が夫婦になったということになる。
その知らせを聞いた乙子狭姫はいったいどう思ったであろう。
そのことについては古事記も伝説もいっさいふれていない。しかしながら、何も語られていないということは、乙子狭姫はひとり胸の内にその思いを秘めて生涯を終えたに違いない。
当然、スサノオを恨む気持ちはあったであろう。しかし、それと櫛名田比売は関係がない。いい相手に出会えたと無邪気に喜ぶ手長土と足長土の知らせを聞いた乙子狭姫は寂しげに「おめでとう」の祝辞を述べたのかもしれない。
オオゲツヒメも恨みを乙子狭姫に伝えようとはせず、ただ自分たちの使命だけをつないだ。それを乙子狭姫が思い出さなかったはずはない。そこにこの二神の偉さを思うのである。
乙子狭姫は佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)に祀られている。
世の中の不公平を恨んだり妬んだりしそうになるときに、ぼくはこの神様達のことを思い出したいと思う。自分の使命に忠実だった神様の偉さはきっと誰のこころにも届くはずだ、そう思いたい。
明日も前を向いて、いきましょう ♪
こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。
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