カナンの小さな神話2

 恐ろしい棒のはなし

 さあさあ子供たち。
 みんな集まったか?
 よしよし、それじゃあムング(神々)の話を始めるとしようか。

 今日は『恐ろしい棒の』話をしよう。
 昔々、密林が育つよりもずっと前、まだ北の果てのラガト山脈が人の地だったころ(※1)、その山のふもとに小さな村があった。
 山から流れる川のおかげで村は豊かだったが、ある年、ひどい干ばつになった。雨の季節だというのにさっぱり雨が降らんのだ。
 不思議なことに、雨の多い山から流れてくる川までが干上がって、川底が見えてしまった。雨がなくても川の水があれば平気だとたかをくくっていた村人たちも、これには困ってしまった。
 川が干上がったのは、南から来た船頭がムング(神)の怒りをかったせいだった。船頭は、南の街と村を舟で往き来し、高い荷代を取るわ、相場を知らない村人に高い値で品物を売りつけるわと汚い商売をする男だったが……それはべつに神の怒りとは関係のないことさ。
 船頭は、村人が川の神に供えた品を盗んでいたのだ。神が川を干上がらせたのはそのせいだった。水がなければ舟が浮かばないからな。
 村人の迷惑も顧みずに罰を与える――ムングってのは、そういうものだ。
 弱った村人たちが、どうしたものかと話し合っていると、船頭がやって来て「俺がなんとかしてやろう」と言った。
 船頭のせいで干ばつになったとは知らない村人たちは感謝して、彼に任せることにした。
 すると船頭は、盗んだ品物を神に返して、ついでに米のクナ(※2)を供えた。
 ああ、いやいや、まださ。恐ろしい棒はまだ出てきやせんよ。
 ムングはな、あれで単純なところがある。船頭が反省したのかどうか、様子を見ようと雨を降らした。
 村人は大喜び。船頭はまるで雨乞い師様のようにふんぞり返った。
 降りしきる雨の中、村人たちは川辺でムングに感謝する祭りを始めた。
 そのときだ……ああ、ちがう、まだまだ、棒じゃあないぞ。
 村の子供が、川底の泥の中からムトラ(※3)を拾ってきたのさ。それはそれは丸々むっちりと太ったムトラで、見るからに渋そうだったので、村人たちは「なんて渋そうなムトラなんだ」、「渋ムトラだ」と捨てさせようとした。
 すると、酔ってふんぞり返った船頭が調子に乗って、子供からムトラを取り上げていった。
「ほう、こりゃ太ったムトラだな。こいつもムングに捧げようぜ!」
 ものすごく渋そうなムトラだったのに、船頭はそれを神棚に供えてしまった。
<そんな渋いムトラを捧げるだと?>
 と、川のムングは怒った怒った。
 ああ、そうさ。いよいよ棒の出番だ。
 川のムングは、知り合いの山のムングに頼んで、一緒に村に棒を降らせた。ばらばらとニーカリ(※4)のように降り注ぐ太い棒。
 下手に当たれば死んじまう。村人は慌てて鍋やら釜やらをかぶり、屋根の下へと逃げまどった。
 村中の者が怪我をしたが、幸い死人は出なかった。ただ、真っ先に棒に当たった船頭だけは、棒が頭から尻まで突き通って、立ったまま死んでいた。それも、ムングの怒りでそのまま石になってしまったそうだ。
 今でも、ハンムーやカヤクタナの北のほうでは、雨が降ると鍋をかぶる年寄りがいるが、これはそのときの話が伝わっているからだろうな。
 たとえ小さな川のムングでも、馬鹿にしてはいけないということだ。
 友人に強いムングがいるかもしれないし、普段軽く見ていた奴が実は意外な才能を持っていたなんてこともある。くれぐれも渋いムラトを捧げたりせんようにな。

 マハ・スラー、お話はこれでおしまい。

(注釈)
※1:大昔、北の密林は肥沃な湿地だったが、何人かの神がそれを乾いた平野に、そしてべつの神々が密林へと変えたという別の話が伝わっている。当時は、ラガト山脈の山麓は北方蛮族のものではなく、人間の土地だっことがわかる。
※2:米を砕いた粉。米粉。
※3:「トラ」はカナン語でイカの意。ムトラは、川イカもしくは水イカと訳せる。淡水生のイカの一種。美味の種が多いが、毒のある種もあり“川のキノコ”とも呼ばれる。
※4:短時間の激しい雨のこと。夕立、スコールなど。



【あとがき】
 このお話は、18年ほど前に、カナンを舞台にしたPBMを展開していたときに、毎月発行していたゲーム用の冊子に連載していたものです。
 けっこう乱暴な展開なのは、カナン用の色々な単語が書かれたカードをランダムに引いて三題噺の要領で創作していたからです。
 神話って、けっこう理不尽だったり、展開が無茶だったり、乱暴に終わるものがあるので、その辺を演出しやすいようにそうしていました。


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