映画『すばらしき世界』を観た話

(ネタバレを含みます)知人と西川美和監督の『すばらしき世界』を観た。元殺人犯役として主演をつとめる役所広司が、さまざまな経験をしながら、社会復帰していく様子を描いた作品、というのがかなり大雑把な説明になる。

私の中で一番印象に残ったのは『すばらしき世界』というタイトルが出るラストシーンだった。主人公は頭に血が上りやすい性格で、十犯六入という前科を持つ人物だ。物語の四分の三くらいまではその性格がよくわかる。一般人をカツアゲしているチンピラに殴りかかるなど、だれかれ構わず突っかかるのではなく、理由がはっきりしているのも彼の特徴だった。しかし、物語後半、社会復帰してから知り合い、彼をサポートする人たちに就職祝いをされた席で「かっとなっても我慢しなさい」という言葉を胸に刻む。彼らが主人公を人として愛していて、率直に「この世界で生き抜いてほしい」という気持ちがでたからの言葉だった。彼は新しい職場で彼らの言いつけを守り、思ったことを我慢した日、自宅で死を迎えた。嵐の後の晴れやかな空をバックにタイトルがスクリーンに映る。

この映画のタイトルは『すばらしき世界』。このタイトルが流れるのは主人公の死後だ。私はこのタイトルに、「言いたいことは言えない。正しいことは常に世間で正しいとは限らない」という皮肉が込められていると感じた。

主人公は少々の横暴でも、やりすぎだったとしても、彼の正しさを貫いていた。新しい職場で、いじめた側の話を聞いて、その場の流れを読んで、多数側の認識にのまれた。今の世界にも同じことが言えるだろう。理屈的におかしくても、素晴らしい世界だと感じている現代を生きる人々への皮肉がこのタイトルに込められているのではないか。

また、私の考えがあっていたとしたら、好きな演出があった。東京タワーが映像として流れるシーンと、終盤主人公のバックでスカイツリーが映るシーンだ。東京タワーのシーンでは、主人公は昔の仲間に連絡を取り、再び組の世話になろうとしていた。スカイツリーのシーンでは、主人公が新しい職場でいじめを見逃したあとで、昔の結婚相手と電話をしていた。同じ時系列であっても、東京のシーンでシンボルを変えたのには少なからず理由があると感じた。過去に退行しようとしたことと、未来へ進もうとした対比を、この二つのシンボルに託したのだと思った。

前科がある者への社会の対応、年を取ってからの就職の難しさ、さらには育児放棄などの問題にもスポットが当たり、すばらしい世界とは何かを考えさせられる作品だった。

この世界をすばらしい世界だと思いますか。私は恥ずかしながら自信をもってYesともNoとも言えません。春から大学生になり、親の援助などを今までのように受けない環境に初めて立たされます。その時に、またこの作品を思い返し、「すばらしき世界」について改めて考えたいと思います。

あとひとつ、最近のこうした少し暗めの映画に方言が使われることが多いような気がして。言葉を一音一音はっきり追えない感覚が多い気がする。それがきっとプラスに働く場面も多々あるのだとは思いながらも少し気になってしまった。

仲野太賀さんの演技に感服しました。役所広司さんの存在感に圧倒されました。キャストさん、スタッフさん含め、すばらしい作品に出会えたことを感謝しています。

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