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【短編小説】暦たちの生徒会選挙

 あらすじ:
 暦高校では、各生徒が暦名(こよみな)を襲名している。
 姓を二月、名を二十九日。字をウルフ。彼が生徒会長になり、学園を崩壊させた。
 生徒会長にのみ渡される生徒手帳《ホワイト》は、その権限で、自由に校則を付け加えることができる。いったいウルフは何を記し、学園を崩壊させたのか。そして、ウルフの真の目的とは。

エブリスタからでも読めます。

以下本文。



 孤高の狼が魅了するには、十分な威圧だった。彼の下につきたいのではなく、敵に回すことを本能が拒む。咆哮にも近い第一声。
「二年冬組。姓は二月にがつ、名は二十九日にじゅうくにちあざなをウルフという。あれこれ言わず、みんなオレについてこい。話は以上。問題はそれからだ」
 こよみ高校生徒会選挙。壇上から発せられたウルフの第一声。会場の生徒はおろか、教員までもがその咆哮に震え上がっているかのように、しかしリーダーの気質というのはこの強さにあるのではないか、と。
 それほど彼の強い声。佇まいには気高き風格がある。
 ひとつ前、檀上で蝶が舞うかのように演説していた二年秋組の十一月じゅういちがつ三日みっかさん、字で文香ふみか。やっぱり例年通り生徒会長は文化の日を襲名した十一月三日さんしかいない。そんな雰囲気が漂っていた矢先にこれ。もう、期待以上。
 しかし、なんの策もなしに、生徒会長の座を勝ち取ろうなどとはウルフも考えてはいない。僕らウルフ陣営で練り上げた、本当にこの学校が良くなるための改革案を作ってある。ここからのウルフの演説は、僕らの戦いだ。
 これは僕の物語ではない。暦の上で四年に一度しか巡ってこない、二月二十九日の暦名こよみなを襲名したウルフ。うるう年の「うる」から取って字をウルフとする、孤高であるからこそ弱者の心を知る。だれよりも強くあろうとするウルフの物語だ。
 結論から言う。彼を生徒会長にしたのは失敗だったのかもしれない――。

 僕こと一月七日いちがつなのか、字を七草ななくさ。それにウルフともう一人の男子を加えた計三名で、ウルフ選挙対策陣営が発足したのが、選挙一か月前。
 暦高校の生徒会長には、通常の生徒手帳より一ページだけ多い生徒手帳を持つ特権が与えられる。この生徒手帳を通称「ホワイト」と呼ぶ。
 生徒会長へと選出された暁には、校長から直々に「白紙のページに、新たな校則を付け加えてよい」、この言葉と共に特別な生徒手帳を受け取る。つまり、生徒会長は白紙のページに収まる範囲で、新たに校則を制定することができる。
 この生徒会長の権限は周知されていて、有力な生徒会長候補陣営へ入り込み、己に有益な校則を取り入れてもらおうとする輩も多い。が、ウルフ陣営は、ウルフを含めても三名のみ。ライバルである文香陣営は、二〇名もいる大所帯であるというのに。
 それもそう。文香の目玉の校則「登校時間の自由化」に賛同する者は多く、なんとしてでも文香を当選させ、登校時間の自由化を実現させたい生徒は多い。
 一方の僕らウルフ陣営は、選挙まで残り一週間になっても、未だ校則発表すらしていない。
 劣勢ムード立ち込める放課後のこと。二年冬組の窓際で、僕を含むウルフ陣営三名が集まって戦略会議をしている。が、今日はいつになくぴりぴりしている。
 しびれを切らしたウルフ陣営の参謀、一月一日いちがつついたち、字で元太げんた。彼は言った。
「たしかに選挙公約は後出しじゃんけんが有利であると推奨したけれど、選挙は一週間後。本当は校則が決まっていませんなんて、口が裂けても言えないだろう。さすがにそろそろ頃合いだ。いい加減ウルフの考えをまとめてくれよ」
「ああ、そーだな」
 言うウルフは、元太の進言が鬱陶しそうに、窓の外を見やった。
 元太の身体は激しく力んでいる。のらりくらりとしたウルフの態度に、もう降ろさせてもらうとでも言いかねない。
 そもそも元太は、一月一日。元旦の暦名を持つ花形。事前では彼こそが生徒会選挙に立候補すると噂されていたほど。それを説得して、ウルフは元太を自分の支持に回らせた経緯がある。分断しても、おかしくない。
 さてこそ元太が声を上げた。
「だから!」
 さらにこれを上回る勢いでウルフは「うおー」と雄たけびのような声を上げて、「わかった」と、制す。さらに一拍置き、「決めたよ」と静かに言って、元太の肩に手を置いた。
 ヒートアップした元太もすぐには納まらない様子、しかし大人げないと感じたのか。
「で、どうするんだ」
 と、すかして返答した。
「んー、そーだな、何から話したもんか。オレはただ、生徒たちが不満なく過ごせるような校則ってのをずっと考えてた。でもわかんね。オレお前らみたいに頭よくねーし。だからだなぁ、今からオレが話すことを上手いことまとめて、校則っぽくしてくれや。七草」
「え、僕?」
 元太も少し悪そうな笑みを浮かべて、「妙案だ。採用」と、言った。
 ウルフの重要と思われる話を一言一句、取りこぼすことなく耳を傾けた。

 なあ、オレはよく一匹狼。みたいに思われてるけど、そーじゃねえんだ。オレだってさみしがり屋なんだよ。意外だろ? で、なんで意外なのかって、そりゃオレ自身が孤独を好んでいることにある。矛盾してる? さすが元太、鋭い。あと、普通だ、普通。その一般的な感覚を持っているやつは、優秀だけど、足りねえ。
 その一般的感覚が正義だと思ってないか? そのせいで、苦しんでいる生徒がいることに気付いているか? わからねえだろ。その常識という強迫が、無言の圧力となって苦しめることだってある。多分、常人では理解できねえ。
 ほら、学校っていじめがなくならないだろ? あの原因って、いじめた人とか、いじめられている本人に原因があって。みたいな議論がされがち。で、ちょっとインテリっぽいやつはこう言うんだ。これは構造上いじめが発生しやすい環境にある。ってな。インテリ理論が真理だとは思うぜ。でもな、結局こういう諸問題はもぐらたたきみてえなもんで、一個解決したかと思ったら、次々に出てくる。
 だから、オレは根本から変えたい。
 そのくらい暦高校はわけのわからない、過去の生徒会長たちが残してきた負債がある。
 だれかが一度、全消ししないと。これはとても勇気のいることだ。孤高でいられるオレにしかできねえことだ。
 嫌われる覚悟、そんな生易しいもんじゃねえ。オレはお前ら二人も道連れにしようとしてるんだから。
 そんなオレの意見に賛同するやつなんて、どう考えても少数派。選挙で勝てるわけがない。だから元太の知恵が必要だったし、七草の演説原稿が必要だった。その前提として、オレに対する信頼がないと、無理だった。
 それがお前ら二人だった。二人しかいなかった。だからどうかお願いだ。
 オレを勝たしてくれ。
 
 選挙日当日。立候補者演説。
 僕と元太は、体育館ステージの舞台袖からウルフを見守り、そしてウルフの第一声。
「二年冬組。姓は二月、名は二十九日。字をウルフという。あれこれ言わず、みんなオレについてこい。話は以上。問題はそれからだ」
 咆哮。いいぞ。会場の雰囲気を制圧する圧倒的な力。
「……まあ、これだけじゃオレにだーれも票を入れてくれねえだろうから、もう少し話させてもらおう。なに、なにだ。さっきの立候補者のようなカチっとした話じゃない。オレが言いたいのは、お前らこんなんで本当に良いと思ってるのか。そう問いたい。オレが何かを変えるわけじゃない。歴代の生徒会長は、この学校が良くなるような校則をホワイトに記してきた。で、どうだ。生徒の不満は解消されたか? 前より良い学校生活が送れているか? 登校時間が自由になって、早起きしなくてラッキー。それでいいのか? そりゃ楽だろう。いやぁ、何を隠そう、オレもいいなその校則。って思ったし」
 反転、気高き咆哮で固く引き締まっていた会場を、柔らかくする。ウルフのおちゃらけた物言いにつられ、ぽつぽつと笑みがこぼれた。そして、さらに追撃。
「だから、オレも乗っかることにした。オレの提案する校則は『登校すら自由。全科目オンライン授業の導入』。どう? なあ、めっちゃ良くね。オレだったら家で漫画読んで授業受けてるふりするわ。最高だろ?」
 会場に笑い声があふれる。
 そう、これでいい。会場を味方につけた。だから、ここ。ここからがウルフの本領発揮だ。頼むよ。
「ああ、ごめんウソウソ。そんなん、校長も許さないっしょ。こういう、オレたちが過ごしやすい環境を整備するのって、生徒会の仕事に思えるけど。一方で、新しい校則によって苦しめられる生徒がいるのもわかる?」
 なんだ、すごく軽い感じで親しみやすい感じじゃないか、ウルフって候補者。そう思わせておいて、また一転、するどい眼光を向ける狼が、生徒たちの心に問う。
「登校時間の自由化。とても現代にフィットした素晴らしい校則であることに異論はない。遺伝学的にマジョリティの朝型人間に合わせる世の中の方こそが、現代社会では間違ってるって理屈。ああ、素晴らしいね。もっと多様な人を認めてお互い気持ちよく過ごそうぜ! ということを文香は言った。うん。大いに結構。大儀なり。めでたしめでたし。……本当に、ほんとにそんな未来が来るかぁ? バカ言え。例えば、登校時間の自由化が成立した未来を真剣に考えようぜ。そうだな、本当にみんながハッピーになると思ってるやつ、今ここで挙手してくれ。さあ」
 何か核を突いているようで、何も断定していない抽象的な言い回し。
 生徒たちはあたりを見渡し、実際に手を挙げた生徒は少数。今この小さな世界の王様はウルフ。ウルフの発言はすべてが正しい。完全掌握。ここで挙手をする生徒は、暗に「わかっていない」。そうみなされる雰囲気、いや構造に仕向けている。まさに後出しじゃんけん理論。
 この手の選挙は、目玉となる校則だとか、論理的に正しいか。それらはあまり意味をなさない。コアは、どれだけ感情的にさせるか、だ。
「ああ、いい。手を下ろして。で、もう、この学校は、焼野原にしてしまう覚悟が必要だ。君らも賢い。戦後の日本がどのように発展を遂げ、そして停滞してきたか、知ってるよな。オレがこの学校を変えるんじゃない。本当の意味で、生徒全員で変えていくんだ。だから、命を賭して、地獄に落ちる覚悟があるやつは、オレに投票してくれ」
 ウルフが深々頭を下げると、ぽつりぽつりと拍手する者が連鎖して、会場は音に包まれた。
 頭を上げ、壇上からまっすぐ視線を放ち、王者たれという風格が拍手を一手に請け負う。そして、静まり返ったのを見計らい、今一度名乗りを上げて締めくくる。
「姓は二月、名は二十九日。字をウルフと申します。清き一票を、どうかオレに」
 先ほどより強く、割れるような拍手。僕らウルフ陣営は勝ちを確信した。
 ついには、なんの校則を明言することなく演説を終えた。これでいい。なんだか変えてくれそうな感じになびくのが大衆。問題は、これから待ち受ける困難。ウルフが言った通り、生徒を全員地獄へ道連れにするということ。
 まだ本当のその意味を、生徒たちは知る由もない。
 当日開票され、即日生徒会長にウルフが指名された。
 ウルフは、すぐさまホワイトへこう書き記した。
『生徒会長が制定した過去の校則をすべて消し去る』
 暦高校は歴史ある学校だ。そして、生徒の主体性を重んじて、進化を遂げてきた校風。
 これらをすべて消し去ることは、軍事教育の名残りすらある、厳しい校則だらけの学校になってしまう。今の時代に適応しないような校則ばかりだ。
 ウルフは行き過ぎた時計の針を、戦後時代にまで巻き戻した戦犯扱いとなる。演説の通り、僕ら生徒は地獄で不自由な学生生活を強いられる結果に。
 無論、生徒たちの反発はひどかった。
 寄ってたかって、ウルフを排除するべく生徒会長不信任決議案なる物が作成され、生徒会長選挙をもう一度やれ。と、デモまで起きて、もはや暴動で逮捕者が出るのも時間の問題か。そのくらいの事態にまで発展していた。本当に今は令和の時代なのか、わからなくなるほどに。
 当のウルフはと言うと、生徒会室に籠城。
 しまいには切腹してしまうんじゃないか。そう心配になって、僕と元太も生徒会室に籠城した。
 校則の通り丸刈りにした男子生徒たちが、生徒会室の施錠した扉の前で叫んでいる。「うおらぁ!」「この卑怯者!」「俺たちの権利を返せ!」「詐欺野郎!」。扉を壊して突入してくるのも、どれだけ猶予が残されているか。
 ウルフは……笑っていた。悪魔かと思った。いや、ここは地獄なのだから、さながら閻魔大王と言ったところか。
 元太は神妙な顔つき。恐る恐る問う。
「どうする、ウルフ」
「どーもしねえよ。いざとなったらオレが切腹して首を差し出せば納まる」
 ほら、言ったことか。
 しかしこの状況。どう収拾をつけるのか。武力闘争になったとして、どう考えても多勢に無勢。
「生徒会室って、たしか放送設備があったはずじゃ……」
 さすが参謀の元太。何か思いついたのか。僕が、ここは旧放送室で設備自体はあるけれど、前に使おうとしたら反応しなかった。そのことを伝えると、
「演説だよ。演説。あの生徒会選挙の続き。ウルフが望む未来を生徒たちにイメージさせる。それができたら俺たちの勝ちだ。計画より少し前倒しになるけれど、もう、いいだろう」
 元太は放送設備の復元を試みた。
 そして僕は、今にでも暴動が起こるかもしれないこの少ない時間、状況。ウルフに何を語らせるか原稿を作成しなければならない。
 やるしかない。決心してウルフを見やると、生徒会長の机に自分の脚を乗っけていた。え? 諦めムード? おい大将。もう少し焦ってくれ、とも思ったが、この度量こそウルフの強さでもある。仮に原稿を完成させてウルフへ一言、「上手くやってよね」と託せば、すべてを逆転できるだけの力がある。
 だから、今こそ、本当にウルフが目指した学校の形を開示する。真の目的。初めから考えていた新しい校則。
 僕は原稿に書きなぐった。修正する時間なんかない。誤字脱字、そんなもの構わない。問題は中身。生徒に響く言葉を紡ぎ、ウルフの気持ちになって綴る。
 集中、集中。
 外では、ガンガンと扉を叩く生徒、「ウルフを出せー」という声、僕の汗、元太の汗。それらが次第に強くなっていく。
「あー、あー」と、元太が放送設備に声を発すると、校内にその声が響きわたった。「よし」。そういって元太は僕を見る。
 そのプレッシャーを横目で感じながら、僕は筆を走らせる。しかしそれ以上に、思考をフル回転。
「できた。はいウルフ。上手くやってよね」
 手渡し、ウルフが原稿を黙読。が、そんな時間はない! と、元太はウルフを椅子から引っ張り出してマイクを持たせる。下読みもなしに「読んで、今すぐ」、と。
 外から攻撃される扉もガンガンという音から、次第にミシミシと音を変え、まもなく限界。
「あー、えー、聞こえますかー、生徒諸君。姓は二月、名は二十九日。字をウルフ」
 校内にウルフの声が響き、扉は崩壊すんでのところで鳴りやんだ。
「皆さんの清き一票で悪人になりましたウルフです。こんにちは。生徒諸君は、不満が爆発しているようですが、冷静になって教室を見回してください。オレが生徒会長になる前と、なってから。何が変わりましたか? そうです。すべてです。男子は丸刈り。女子は白いソックスに長い丈のスカート。なんだか、個性がなくて、生徒全員がみんな一緒に見えますね。ハハハ、くっそ笑える」
 笑える。そんなセリフ僕の原稿に書いた覚えはない! 案の定、鳴り止んでいた扉の奥から、ふざけんな! と野次が飛ぶ。
「ああ、ごめんごめん。ついついおかしくて。でも、もう少し冷静になろうよ。暴れて解決するなんて、ガキのすることだ。オレはこんなことになるんじゃないかって、危惧していた。で、思った通り。お前らがバカだから、オレに票入れたんだよ。言ったよなぁ。オレは演説のときに登校時間の自由化が成立した先の学校の姿を想像してみろ。って。で、反対にオレが生徒会長になった未来は想像すらしなかったのか? 本当バカだね」
 さすがに生徒を煽りすぎだ。思わず、「おい!」とウルフに突っかかって、原稿を指さす。と、ウルフは親指を立てて「問題ない。ノープロブレム」と、マイクを離して小声で告げた後、おまけに余裕の微笑みまで僕に差し向けて再開。
「でも、もう一度考えてほしい。例えば今までの校則、髪色を自由とする。この条文がなくなってどう変わった? 全員が損したか? 違うだろ。例えば皮膚が弱くて染色剤を使えずみじめに思ってたやつもいると思うよ。年頃の連中が集まって、みんな思い思いの髪色を自慢する中、そいつは疎外感が強かったと思うよ。ま、別にオレが目指した形は、そんな弱者を救いたいとか、崇高なもんじゃない。今、丸刈りになった男子生徒の中には、頭の形にコンプレックスを持つやつもいるだろう。却ってそいつにとっては、それが原因でからかわれたり、絶壁野郎みたいなあだ名がついていじめられるかもしれん。でも、それでいい。極論、校則なんてなんでもいい。本当に過ごしやすい校則を教えてやろう。よく聞けや。それは、校則のない世界だ!」
 校内は静まり返っていた。あの演説のときと同様に、皆がウルフの声に耳を傾けているだろう静けさ。この張り詰めた空気感が、ぞくぞくしてたまらない。
「だが、これにはお前ら生徒ひとりひとり、高い倫理感が必要だ。この倫理観はすべて、暦高校が発足した当時に記されている。生徒手帳の表紙に、たった六文字だ。『熱意、敬意、誠意』この三つ。これらをもってすれば校則なんてものは必要ねえ。だから、オレはホワイトの余白へ、新たに一行加えるとする。だが、これは生徒全員が一丸とならなければ、今よりひどい地獄が待ち受ける。だから、いいか。よーく聞け。あのときと同じことをもう一度言うぞ、くそバカ野郎で、限りなく賢い暦高校の生徒諸君。本当に良い世界は生徒会が作る物じゃない。お前ら全員で、ハッピーを掴みとるか、さらに深い地獄に落ちるか。決めるのはお前らだ!」
 ウルフは僕らの目の前でホワイトにこう書き込んだ。
『すべての校則を排除する』
 最初にウルフが書き記した校則は、『生徒会長が制定した過去の校則をすべて消し去る』。今回は『すべて』。とんだ保守主義かと思われたウルフは、実のところ超過激な自由主義者だったのだ。
 過去追加されてきた校則のすべてが、自由の主張だった。その本質を理解していたのは、後にも先にもウルフという生徒だけだった。いや、正確にはわかっていたとしても、それを本当に実行するだけの熱意はない。もし生徒会が制定する以前から存在するすべての校則を消し、すべての規制から解き放たれたとき、生徒たちが、そんな自由な空間で健全な学生生活を営むとは考えづらい。しかしウルフは生徒全員を疑わない。それを簡単に信頼と言ってしまうのはあまりに薄っぺらい。これは敬意と呼ぶべきもの。そして、ウルフの最大の才能と言ってもいい誠意。人の心を動かす人間というのは、だれよりも人が好きで、嫌われたくない。それゆえに、孤独を好むウルフ。これがウルフの論理であり、倫理であった。
 だが、これから待ち受ける世界は、混沌か、協調か。まだわからない。
 そして、最後。ウルフの強さを全生徒に知ってほしい。ウルフに任せたことを後悔してほしくない。最高の、僕らのリーダーは彼だ。寛大な王。崖の上で孤高に咆哮する気高き獣。ウルフが発するからこそ、言葉に誠が宿る。最後のセリフ。
「失敗してもいい。すべての責任は、オレが取る」
 これこそがリーダーの器。誠意なき者では扱えない言葉。
 原稿はここまで。しかし、ウルフは自らの言葉で、こう、締めくくった。
「あー、あとお前ら全員熱いのな。ほら、校則変えてみんなが過ごしやすい環境にしてえんだろ? きっと孤独だったら、我慢できるよ。大切な仲間がいるから、そうやってオレを倒そうとしてる。そんだけ団結できるなら、心配ない。良い未来は、いつだって苦しさの先にある」

(おわり)

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