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自己表現

ふとブログを始めたきっかけを思い出した。

一番最初はアメブロだった。
子どもと観に行ったウルトラマンの映画。
そこに出演していた南翔太さん(大怪獣バトルのレイ役)に一目惚れ(笑)し、彼のアメブロの記事にコメントや「いいね」を押したいがためにアメブロに登録した。

そのうち自分も何か書いてみようと思って、子どものお弁当なんかを載せはじめた。
やがてキャラ弁に興味を持ち、読者になったりなってもらったりするうちに交流が増え、更に読者さんの影響で写真に興味を持ち、写真ブログに変更。
からの、ばなな先生と出会い、人を撮るようになり、仕事として写真を撮ることを始め現在に至る。

自己表現したくて始めたわけじゃなかったけれど、潜在的に自分を表現したいという欲求はあったんじゃないかなと思う。
でも自分には何もないと思い込んでいたし、特別な何かを持っている人にならなければ、表現してはいけないような気もしていた。

上記はここ10年くらいの話。
その10年で随分時代も環境も変わり、誰もが発信者になれるようになった。

ツールも増えて自由に表現できる時代になった…ようにも思うけれど、実際はどうなんだろう?とも思う。
自分らしく表現することに抵抗はないのか?
承認欲求の為になってない?
何者かになろうとしてない?

承認してもらう為の自己表現も悪いことではないけれど、続けていると苦しくなる。
ここにも書いたけど。
それは経験済み。


認められる為じゃなくって、自分の中から出てくるものを唯出すような、そういう自己表現。

書きたいから書く。
描きたいから描く。
歌いたいから歌う。
撮りたいから撮る。

上手いとか下手とか資格とか条件とか抜きで。
子どもの頃のように、自分の「やりたい」に忠実に。

そういう自己表現って、外に出してる筈なのに自分が満たされる。
アウトプットしてるのに心は満ちてくる。
自分の為の自己表現。
そういうのって見てる方にも伝わる。

自分をしあわせにすると周りもしあわせになる。

その連鎖をつくりたいなぁ。


スマホが当たり前になって、誰にでもそこそこ綺麗な写真が撮れるようになった。
あ、上のはデジイチだけど・笑

手軽に撮れるからこそ、写真を使って自分らしさを表現できる何かができるんじゃないかなぁと思って。
ただ映えるように撮るんじゃなくってね。

そんな講座ができたらいいなぁと、大絶賛思案中(悶絶中とも言う)

早くカタチにしたいなぁ。

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