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森と雨

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2018年8月の記事一覧

森と雨 5

 むいちゃんは二回生で、私のことを先輩、と呼んでくれる唯一の存在だ。私はサークルに入っていないし、この学校には縦割りのゼミはない。それに私の普段の姿を見たら、誰も声をかけてこない。
 私は大学で「顔のない女」、あるいは貞子と呼ばれている。私の髪は今の所腰より少しだけ長いのだけど、私は大学に行くとき、結び目を前に持って行って髪で顔が隠れるようにしているから。顔を見られるのは好きじゃない。あの薄気味悪

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森と雨 4

森と雨 4

 雨はかわいいわねえ、雨はかわいいわねえ。私の方はそれだけを言われて育った。良かったわあ。女の子は見た目が良くなくっちゃ。かわいいこに生まれてよかったなあ。と。両親は私の顔だけしか見なかった。そんな物は骨と筋肉と皮膚の塊で、私自身と呼べるものはその奥にちゃんと座っていて、ここですよおと彼らを呼んでいたのに。とことん私の見た目が人よりもいいことしか気に掛けなかった。雨はかわいいなあ、雨はかわいいなあ

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森と雨 3

森と雨 3

「髪だって黒く染めたんだぞ、あのバカ。これならモテないだろうって」
「発想が貧弱すぎるわ」
 私はため息ついて、ゲンゴの隣に体を起こした。
「あんな奴とより戻せなんて、あんたも案外友達甲斐のないこと言うのね」
「あのバカが好きなんだろ」
 至極当然のことを言った。
「そうよ。あのバカが好きなの」
「あのバカのどこが好きなんだ」
 ゲンゴは重ねて私に訊いた。私は返事のつもりで、聞きたかったことを尋ね

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森と雨 2

森と雨 2

「むいちゃんに言ってやろう。ラインで写メ撮って送ってやろう」
 むいちゃんというのがそのかわいい彼女の名前だ。かわいいんだけど、ゲンゴなんかを好きになるくらいなんだから、当然変わっている。私は自分の部屋にゲンゴと二人きりでいて、キャミソールと部屋着のリラコしか履いていない。こんな状態の写メを送ったら、むいちゃんなんて思うかな。
スマホを探そうと、ベッドに寝そべったまま鞄を引っ張りよせようとしたら、

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森と雨 1

森と雨 1

 髪の毛は私の親友みたいになっている。目が覚めて、必ず一番に見えるものだから。毎晩私に添寝してくれている。腰の、下あたりまで伸びている私の髪。いつまで伸ばそうか。そろそろ切ってみてもいいかなと思っている。顔さえ隠れてくれればいいのだから。今以上に伸ばす必要はないのだから。
 匂いつきの朝だった。
「またあの夢か」
 そして私はあのくそやろうのことをついでに思い出す。朝起きた時は、背中の中ほどをシュ

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