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午後四時に

クスノキの切株に
時間が座っていた
驚き顔の阿形あぎょう
歯ぎしりする吽形うんぎょうにすれ違った
朽葉くちば色の衣にほつれた年輪をかけ
山門を出てから
1300年間歩き続けている
青空のほかには
宿を求めもせず
どこに行きたいのか
そんな顔をして
ふたりの仁王よ

いつまで経っても
想い出に到達できないのは
歳月の長さのためではない
自分に向かって遠ざかってしまう
その歩みのせいだ

山門

数珠繋ぎになった嘘を
引きちぎってみたかった
血だらけのかかとをぬぐい
窪んだ足跡あしあとの上に立ち
見えるものを
ひとつひとつ声に出して
言ってみたかった
午後四時が来る前に

魂のすみかを求めて
影の中にいたのは誰?
自分に疎まれた極限としての自分を
履歴書に書こうとしていたのは誰?
自分の顔を
空に透かしてみようとしていたのは誰?
もうすぐ午後四時が来る

自分の行きたい場所に
行けなかったのか
忘却を装った想い出と
想い出を装った忘却の
果てにある悔恨を
自費で清算しようとしていたのか
ふたりの仁王よ
もう午後四時になるというのに

僧侶ときこり盗人ぬすっと
山門で額を寄せ合っていた
墨汁が混ざった雨が
石段の上で跳ね返っていた
僧侶は質問ばかりしていた
きこりは首をひねってばかりいた
盗人ぬすっとは濡れた手拭いを絞ってばかりいた
いつまでも
絶望や希望だけで
つながってはいられない
どのような記憶よりも
古い言葉でなければ
堂々巡りを終わらせられない

どこを歩いているのか
ふたりの仁王よ
はじめから
遠く隔たっていたかのように
知らぬ顔をして
どこを歩いているのか
ふたりの仁王よ
あらかじめ
飛ぶことを禁じられた鷲のような
浮かぬ顔をして
どこを歩いていたのか
ふたりの仁王よ
そんなに痩せて

痩せた阿形
痩せた吽形

午後四時を過ぎたら
山門を出る時に破った金網を
修繕しにおいで
雨宿りできるところを
見つけておいたから

 (詩集『月のピラミッド』第2章「異境」より)


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