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【書評】「LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界」――これからイノベーションで世の中に「革命」を起こしたい人は全員読むべき

どのような歴史上の革命も、理想と実行が必要だ。その意味で、本書「LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界」は「革命」の書物と呼ぶにふさわしいだろう。

老化と聞いて、どのようなイメージを持つだろうか。身体の衰えを伴い、認知能力は低下し、精神の柔軟性すら失い、誰にもいつか訪れる絶対不可避なもの――仏教における人間の四苦のうちの一つであることを言うまでもなく、「老」は苦しみを伴い、そして決して逃れることのできないネガティブなものと捉えられている。
しかし、本書の著者、デビッド・A・シンクレアは違う。老化をポジティブに捉えよう、などといった気休め的な主張をするわけではない。ハーバード大学において、老化研究の最前線に身を置く研究者として、彼は苦痛極まりない老化というものを「病」であると定義する。すなわち、「病」=「治療可能なものである」というのだ。

実際、マウスでも、そして人間においても、老化が治療可能であることを示す事象が数多く見つかっている。サプリメントとして普及し始めているNADやNMN、さらには臓器移植の際に使用されるラパマイシン、糖尿病患者に投与されるメトホルミンなどが、老化の原因とされる「エピゲノム情報の欠落」を防ぎ、復活させる可能性があるというのだ。まだ医学的に実験・検証されたわけではない、としっかり前置きしつつも、著者はこうした数々の結果に希望を見出している。
また、こうした特殊な物質を用いなくとも、糖質を中心に食事制限を行い、運動を習慣づけるだけで、老化対策になり、若返りの効果が得られるという。これならば、我々のような一般人でも気軽に取り組むことができるだろう。

ここまでの情報だけでも興味深いが、うって変わって後半では、「老化は治療するべきか」「人類の健康寿命を延ばすべきか」という、老化研究そのものの是非について、著者の考えが述べられている。本書の意義そのものが根底からくつがえりかねない上、内容だけ見ればやや退屈なこのくだりこそが、実は本書を「革命」の一冊たらしめている。

この箇所の内容を、やや乱暴にまとめるならば、ずばり「老化治療とSDGs」である。退屈さの理由は、今時どこでも見られるような内容であるからだ。「SDGs」の文脈から、人類の延命が、環境などにどのような影響をもたらすかを考察した上で、老化研究の正当性を述べているのである。
なぜこんなことをわざわざ書かなければいけないのか。それは恐らく、著者が起業家であること、そしてアメリカ国内における老化研究への予算配分の低さと無関係ではないだろう。そう、本書は最先端医療の紹介だけではなく、老化研究の分野を広く世の中に知らしめ、関連企業の宣伝と、投資家からの資金調達のためのPRを兼ねているのである。

人類の老化という病を治療するため、著者は起業することを選択した。そして、ただ研究室にこもって実験を繰り返すだけでなく、人々の注目を集め、予算を獲得するべく今も自ら闘っている。
様々な物質の投与や食事運動などの習慣で老化が防げる、という事実の羅列だけならば、有益ではあるものの、ありきたりな未来空想本になっていただろう。老化研究の驚くべき進歩が「革命」的であることはもちろんだが、その紹介だけに留まらない本書は、自らの理想を実現しようという著者の本気を感じさせるに十分であり、著者が今まさに行おうとしている「革命」の力強さを示していると言える。

著者を含め、世界中の優秀な研究者たちの努力にもかかわらず、老化研究の成果を我々が得られる日はまだ先になるだろう。しかし、老化の治療を研究室の中だけで終わらせず、「人類の老化を治療する」という理想を本気で実現してやろうという、明確な意思の秘められた本書は、我々に夢と希望を与えてくれる。

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