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日常を二階の窓から眺めれば(向かいのベランダあくびする猫)

この記事は  https://nagiwata.net/archives/122099  を改稿したものです。

まえおき

毎月読んだ本を中心に、読書マップを作っています。
(読んだ本=新刊ではなく、たまたま家の本棚にねむっていた本、古本屋で手に入れた本、他の本で紹介されていて図書館で借りた本なども含まれています。現在入手困難なものも含まれますがご了承ください)

今回は2021年7月〜8月の読書マップ。

科学・数学・医学本

スタートは画像の左下。

この頃は、いわゆる理系の科学本をよく読んでいました。
カルロ・ロヴェッリ「すごい物理学講義」(河出文庫)は一般向けの物理本ながら、哲学や文学のようにも読める名著。
作中の、科学は不確かだが「目下のところ最良の答えを教えてくれる」という言葉が胸に沁みます。

ここから数学・医学というくくりで、翻訳書二冊をつなげてみます。

アダム・クチャルスキー「ギャンブルに勝ち続ける科学者たち」(草思社文庫)は宝くじや賭け事など、ギャンブルの分野で統計・数学・人工知能などを駆使して儲けようとする試みを克明に取材した一冊。

ドナルド・R・キルシュ、オギ・オーガス「新薬という奇跡」(ハヤカワ文庫)が描くのは、人類をさまざまな病から救ってきた画期的な薬が生み出されるまでの苦闘の歴史。長年製薬会社で働く著者自身の経験もふんだんに盛り込まれています。
これを読むと、創薬とは物理学のような法則から一律に導き出せるものではなく、まさにギャンブルのような一世一代の賭けのようにも思わされます。

左下に戻って、鈴木毅彦「日本列島の『でこぼこ』風景を読む」(ベレ出版)。複雑に入り組んだ日本列島の成り立ちをひもとくことで、ランドスケープとしての日本の美しさを再発見できます。

地理学というつながりで、お茶の水女子大学の〈地理女子〉が教えるという「ご当地グルメの地理学」(ベレ出版)へ。
山形のサクランボ、愛知の味噌煮込みうどん、広島のカキの土手鍋。
ご当地グルメや地元スーパーの名品を紹介する本は多々あれど、そもそも何故その土地でしか食べられないような名物が生まれたのかを、気候・風土などの地理や歴史から読みとく観点がおもしろい。

さっそくご当地グルメを楽しもうとスーパーに出かけたくなったら、「ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある」(スタンドブックス)に手をのばしましょう。
「天国酒場」やスズキナオさんとの共著「チェアリング入門」などで、ユニークなお酒の楽しみ方を提案してきたパリッコさん。
緊急事態宣言下で出版された本書では、たとえお酒が外で飲めなくとも、近所のスーパーの2階をパラダイス(探偵!ナイトスクープ)的に探索したり、ご飯に合う駄菓子は何かをひたすら食べ比べたりなど、見過ごされてきた日常を新たにとらえ直します。

都市鑑賞

日常を新たな視点でとらえると言えば都市鑑賞。内海慶一さんの「ピクトさんの本」(BNN新社)は、十年以上前に買って以来、わたしがこの分野の楽しみに目覚めたきっかけになった名著ですが、この夏TOKYO2020開会式をきっかけに、また注目を浴びたようです。街中の危険を知らせるピクトグラムを〈ピクトさん〉として独自に分類、ユーモラスに紹介していきます。

同じBNN新社からの新刊「世界ピクト図鑑」はサインデザイナーの児山啓一さんが世界中で出会ったピクトグラム・看板をあつめた本で、やや専門的な内容を楽しみながら学べます。

〈料理と日常〉というテーマでもう一冊、くどうれいんさんの「わたしを空腹にしないほうがいい」は、俳句を章タイトルに、ある年6月の生活をつづるエッセイ集。
短歌、俳句、小説などさまざまな分野で活躍されるくどうさん。独特の余韻のある文章が好きです。

短歌ゾーン(兼ネコゾーン)

ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと」(イースト・プレス)は、〈神〉が横書きの〈ネコ〉に見えるという路上看板ネタをタイトルと表紙カバーに採用したもの。
なんだかよくわからない…と中を開けば、歌人・穂村弘さんと精神科医・春日武彦さんが生と死について考える、これまたふしぎな対談集でした。ニコ・ニコルソンさんのマンガもかわいい。

対談の中では、穂村さんと知己のあった故人についても語られています。
編集者の二階堂奥歯さん(「八本脚の蝶」)、漫画家のフジモトマサルさん、そして歌人の岡井隆さん。

岡井隆と現代短歌」(短歌研究社)は、岡井隆さんに師事し、穂村さんと同じくニューウェーブ歌人として活躍する加藤治郎さんによる論評集。
穂村弘さんで現代短歌を知って幾年、著名な歌人・歌集を何冊か手にとった中でも岡井さんの歌と文章は格別に鮮烈な印象を受けます。この本で全体像がつかみやすくなるような、さらにつかみどころのない印象が増すような。
ヘイ龍カム・ヒアといふ声がする〈まつ暗だぜつていふ声が添ふ〉」という、しびれるような題名の本が気になるので、いずれ読みたい。

歌人と言えば、歌人であり有名な生物学者でもある永田和宏さんが各界の著名人を大学に呼んだ対談集「僕たちが何者でもなかったころの話をしよう」(文春新書)。
あまり何者でもなかったころの話をしていない気もしますが、羽生善治さんとの対談では、短歌と将棋の共通点について語られているのが印象的です。
9×9、57577という有限の組み合わせから、無限に近い局面と歌が生まれる不思議さ。

将棋

羽生善治「適応力」 (扶桑社文庫)は十年ほどまえ、羽生さんが40歳になったころのエッセイ。
多くの棋士は三十〜四十代になるとピークを過ぎ、戦い方が変わってくるといいますが、変化を柔軟に受け入れ、適応していくのが羽生さんの強さでしょう。
まるでビジネス書のような話題が多く出てくるのもおもしろいです。

平成時代の羽生さんを超える活躍を見せるのが、ついに最年少で三冠を達成した藤井聡太王位・叡王・棋聖。誰もがみとめる令和将棋のスーパースターでしょう。

そんな藤井さんを同じく中学生でプロデビューし、史上最年少で名人を獲得した谷川浩司九段が語る「藤井聡太論 将棋の未来」(講談社)。ちなみに、まえがきによると鉄道好きという共通点もあるそう。
平成初期に台頭してきた〈羽生世代〉とご自身の闘いなども振り返りつつ、将棋界の現在・過去・未来を見渡します。

ネコゾーンふたたび、そして日常とマジックリアリズム

いったんネコに戻りましょう。「猫とともに去りぬ」(光文社古典新訳文庫)はイタリアの児童文学作家ジャンニ・ロダーリによるショートショート集。
人間でいることに疲れて猫になったり、ヴェネツィアの水没に備えて魚社会を選んだり、奇想天外な展開ながら、現実への上質な風刺にも読める小説ばかり。

魚社会」(白泉社コミックス)といえばpanpanyaさんの新刊。
毎回、日常のような非日常のような、マジックリアリズム的手法で描かれる漫画たち。
ヤマザキの幻の菓子パン「カステラ風ケーキ蒸しパン」を追い求める連作が白眉。実においしそうで、わたしも、もし見かけたら思わず買いたくなります。

ラストはマジックリアリズムといえばこの方、森見登美彦「四畳半タイムマシン・ブルース」(角川書店)。
初期作品「四畳半神話大系」を元に、そのアニメ化を担当した上田誠氏の演劇「サマータイムマシン・ブルース」を融合させて生まれた作品で、ひさびさに登美彦氏的京都の大学生活を体感できます。
先日、この作品も上田誠監督によるアニメ化が発表され、まるで作中のように時空が奇妙にループする感覚を覚えます。

8月の京都の定番である、納涼古本まつりと五山送り火がモチーフに織り込まれた本作品。
あの日常がふたたび訪れる夏のあることを、願ってやみません。

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