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下田最前線⑥お伊勢さんと直会とバス旅行

 伊勢詣が全国的に人気なったのは江戸時代、東海道など街道が整備されてからと言われている。
 当時は日本人の六人に一人、400万人が詣でだというのだから、大したものである。現在でも年間850万人もの人々が訪れている。ローマのバチカンが600万人、イスラム教の聖地メッカが200万人という数字と比べれても、お伊勢さんの人気ぶりは、世界随一と言っても過言ではないかもしれない。
 僕の母も、年に一度の町内会でのお伊勢詣を楽しみにしていた。必ずキャラメルや酢昆布など定番のおやつを買ってきて、近所の人達といそいそと出かけていた。
 僕が下田でお誘いを受けたのは3年前。コロナで2年間中止のあと、先週一泊二日で詣でた。これは、「県民総参宮第68回新穀感謝祭伊勢神宮参拝団」という公式参拝で、伊豆半島南部からバス二台、参加者は総勢70余名だ。
 出発は朝の6時。道々、参加者がバスに乗り込んでくる。見知った人とは再会を喜び、初めての方とは、おいおい打ち解けていく。1時間に1度はトイレ休憩等があり、座席にゆとりがあるために、トイレ休憩のたびに、席をシャッフルして、話したい人とお近づきになる。
 地方社会にあっても、こうした親睦は年々少なくなっている。40代の焼肉店経営のSくんは、「いやあ、こんな旅行、全然ないですよ。だからもう、楽しくって」という。彼の妻は、カナダ人なのだが、こんな旅行は、20年以上日本に暮らして初めてで、さほどみんなと話せるわけでもないのに、表情はずっと嬉々としている。
 厳粛な公式参拝を終えると、夜の宴会は直会(なおらい)である。
 そもそもは神へのお供物を食べることから始まったらしいが、神聖な場所から普段の空間に戻る儀式のような面もある。
 夜の直会でさらに親しくなった我々は、帰りのバスの車中でも、会話が途切れることはなかった。疲れた人は自席でウトウトとする。
 最後に稲取神社の稲岡宮司がこんな話をした。
「直会が、これほど楽しいものだとは、思ってもみませんでした。初めてご一緒させていただいて、宮司という立場上、儀式を最重要視しておりましたが、直会こそが、神との交わりの賜ではないか、そんなことを実感し、実に楽しい伊勢詣となりました」
 コミュニケーションが大切にされる時代にあって、日本には、伊勢詣という古来からのコミュニケーション術が、連綿と引き継がれているようである。

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