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ファンタジーRPGについて小考 その3 ドラゴン

その3です。正直に言うと、もう十分かなと思っていたのですが、その1とその2が書いた本人の想像を超えて読まれているので需要があるようだと考え、また筆を執ります。

今回は信頼と実績のドラゴンについてです。ドラゴン、竜という想像上の生物は多くの文化圏で神話や伝承に登場します。が、しかし、例えば極東の龍と、ヨーロッパのドラゴンは果たして同じものと言って良いのでしょうか。答えはイエスでありノーでもあると個人的には思います。大前提として、竜は想像上の生き物です。では、昔の人は何から着想を得て竜というものを創造したのでしょうか。ヘビ、トカゲ、カメ、ワニ、サメ、クジラ、恐竜の化石、ムカデ、樹木、山、川、地震、虹、雷、雲、彗星、ぱっと思いつくだけでも色々なモチーフが出てきます。

中でもヘビの影響は特に大きいでしょう。類人猿にとって毒蛇は強い脅威であり、ニョロニョロとした細長いものにギョッとするのは遺伝子に刻まれた本能的な恐怖だと言う人もあります。ワニの生息する地域では、その恐ろしさは現実の脅威です。サメも海での仕事を生業とするなら厳然と存在する危険です。巨大なトカゲらしき骨が地中から発掘されれば、恐ろしい想像をするなと言う方が無理があるでしょう。そして、川もまた代表的な竜の根源です。治水のされていない川というものは、大雨や雪融けの度に氾濫し、洪水によって人の文明を脅かします。稲妻は恐ろしい咆哮を伴い、嵐と共に川の氾濫を招きます。そして、雨が上がれば空に虹が掛かるのです。生物由来か、自然現象由来か、おそらく複合したものと見て良いとは思いますが、文化圏によって比重が違うように思います。

世界を東洋と西洋に二分するのは乱暴だと個人的には思いますが、便利な言葉なので使います。東洋の龍はどちらかというと自然現象寄りの要素が強いように思います。対して西洋のドラゴンは生物寄りの要素が強いように思います。なぜそう思うかというと、西洋のドラゴンが人の手によって退治されがちだからです。これは神やそれに類する人間の上位存在が竜殺しをするのとは趣が異なります。上位存在が自然現象を制圧できるのは、言ってみれば当たり前ですが、人が自然をコントロールするのは容易ではありません。治水は代表的な人の手による自然への勝利ですが、ダムや堤防を築こうと、洪水が起こる時は起こります。対して、ヘビやワニは武器で殺せます。思えば、自然災害の原因を科学で究明し、対策やコントロールができるようになったことは、神への勝利なのかもしれません。自然を制したことで、少なくとも制することができると信じたことで、近代以降の人間は信仰心が薄れたのかも……話が脱線しまくっていますね。脱線といえば鉄道と列車も竜っぽいモチーフですね。蒸気機関車なんてブレスを吐きますよ。近代艦船もモクモクと煙を立ち昇らせ、その煙は海の竜の如しと歌われています。

閑話休題。

結局のところ、竜とは恐怖や畏敬が形になったものという側面があるのでしょう。恐れ、畏れ、いずれにせよ、人間が太刀打ちできないからこそ、ヘビでもトカゲでもなく、竜なのです。そんな竜について、ちょっと文化を比較してみましょう。

日本語の古語では「チ」や「ミ」はヘビの事を指しているそうです。最初の死をもたらした神は火の神ヒノカグツチです。山の神はオオヤマツミで、海の神はオオワダツミ、植物神はククノチで、雷神はタケミカヅチです。同音異義語の多い日本語ですから「チ」にも「ミ」にも別の意味が込められているでしょうが、別の意味があるからといってヘビの要素が消え去るわけではありません。魑魅魍魎、触らぬ神に祟りなし、敬して遠ざけるのが日本流の神との付き合い方のひとつ。竜は畏れるべきものなのでしょう。

対して中東からヨーロッパにかけてはというと、英雄ファリードゥーンのザッハーク退治、英雄ヘラクレスのヒュドラ退治、英雄ジークフリートのファフニール退治、聖人ゲオルギウスの悪竜退治など、人間による竜退治が目立ちます。ヘラクレスは半神とかジークフリートは不死身とかありますが、本来なら打ち勝てない恐怖の存在を倒すためのバフみたいなものです。つまるところ、自然=竜とは、恐れるべきものではあっても人間の知恵や勇気や信仰心によって倒せる相手ということです。余談ですがネーデルラント(オランダ)は湾状の海の水を抜いて陸地を増やしました。その結果、「世界は神が創ったが、ネーデルラントは人間が造った」という言葉が生まれたそうです。

これら2つの文化を見比べると、竜の扱いが違うのも納得いくような気がしてきます。気のせいかもしれませんが。さて、話をようやくファンタジーに移しますが、西洋由来のファンタジーに焦点を当てます。この企画で俎上に上げているのは、いわゆる中世ヨーロッパ風ファンタジーを基準にしているので。

多くのファンタジーにおいて、ドラゴンは強敵です。彼らを倒した戦士は概ね英雄と称えられます。とはいえ、作品によってドラゴンの格は大きく異なります。人間よりも高い知能を持つ神に近い存在や邪悪の化身であったり、単に生物としてとてつもなく強いだけだったり、色々です。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では、善性の金属竜と悪性の色彩竜がいますが、前者はいずれも賢者の風格を持ち、後者は目を付けられたら最後の災厄です。年齢によって強さに差異があるのはゲームのレベルデザインの都合もあるでしょうが、長命なほど賢く強いというのは納得のいく落とし所です。

ところで、レッドドラゴンとブラックドラゴン、どちらの方が強そうな印象を受けるでしょうか。我々日本人はドラゴンと聞くと緑色か赤色をイメージすることが多いのではないかと思うのですが、私の肌感覚としての憶測ではレッドドラゴンよりブラックドラゴンの方が強そうと感じる人が多いと思っています。これは文化的なもので、日本では古来、黒い奴は強いというイメージがあるためです。対して欧米で強いドラゴンといえばレッドドラゴンです。何故かというと、『ヨハネの黙示録』に描かれるサタンの化身たる竜が赤いからです。最強にして最低最悪の邪悪なドラゴンは赤い奴という認識は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のルールブックにも書いてあります。もっとも、色彩竜はどれも人間にとって天敵なのですが。

話題を少し変えて、ドラゴンといえば息吹、ブレスです。カタカナで書くと祝福を意味するブレスと紛らわしいのがファンタジーゲームのクリエイターの頭痛の種だったりするのですが置いておきましょう。竜の息吹、吐息、要するに口から主に気体を吐きます。原型は燃え盛る硫黄で、疫病をもたらす効果もありますが、現在では一般的に炎でしょう。そして、ドラゴンの種類によっては酸や毒や冷気や電撃だったりもします。純粋な魔法エネルギーもよく見ますね。酸や毒は普通の生物の範疇に収まりますが、火を吹くというのはただ事ではありません。火山噴火の恐ろしさ、自然現象由来の竜としてのルーツが垣間見えます。そして、思うに他の種類のブレスは恐らくゲームシステムの都合でしょう。なんであれ、由来や仕組みに関わらず、ドラゴンブレスは致命的な大技であることが一般的です。空を飛び、頑丈で、凄まじい破壊力のブレスを吐き、近付けば爪に牙に尻尾が襲い掛かる。剣や槍でどうやって倒すんでしょうね。

さて、次はドラゴンの姿形について考えてみましょう。東洋の長いやつではなく、西洋のドラゴンのです。皆さん概ね同じような姿を想像すると思いますが、昔のヨーロッパ人はもっと小さいのをイメージしていたようです。聖人ゲオルギウスの竜退治を描いた絵画は少なくないですが、大体馬ぐらいのサイズが多いです。正直、これなら倒せそうと思ってしまいますね。神に仇なす悪の化身が勝ち目のない恐怖の巨大モンスターでは人々の心の安寧に繋がらないのかもしれません。ついでに言うと、敵を凄いやつだったと褒める文化は万国共通ではありませんしね。

それでは、そろそろ辞典要素いきましょう。ファンタジーには色んな形の竜が、しばしば出てきますので一部紹介してみます。

【ワーム - Wyrm】
古語で大蛇を意味するこの名前で呼ばれる怪物は、『ベーオウルフ』などを読む限りではドラゴンそのものです。と言っても翼も脚も無い姿のイメージが定着しています。語源が大蛇なのだから、当然といえば当然なのですが、一筋縄ではいかないのが面白いところ。同じワームでもWormと綴った場合、ミミズなどの蠕虫を指すため、発音の関係で混同が生じるのです。もちろん、発音はちゃんと違うのですが、似ているものは混ざるのです。そして、Wyrmをウィルムやワイアームと読んだ場合、このミミズのような印象は薄れ、今度は翼のあるワイバーンに近付きます。もとをただせばワームもワイバーンも同じものなのでしょうが、多くの場合、別物として扱われています。ちなみに、毒を吐くものが少なくありませんが、ブレスというより毒液飛ばしです。そして、ゲームに登場するワームを見てみると、多くがWormで虫の種別ですが、見た目はミミズ系でも種別が竜というケースもしばしば見られます。そして、ワームとは別にウィルムやワイアームがいたりもするわけです。ウィルムとワイアームを別種とすると、下位ドラゴンのバリエーションが増やせて便利というのが本音かもしれません。

【ワイバーン - Wyvern】
古語の蛇、Wivreヴィーヴルから派生した名前だろうという話ですが、ワームの別名とされてから怪物として独り歩きしていきます。空を飛び、毒を持つワーム、それがブレスを吐かないドラゴン、ワイバーンです。紋章の柄として長い歴史があるワイバーンですが、時代と共に解釈が変わり、現在の翼竜の姿に定着しました。すなわち、前脚が翼で尻尾に毒針があるというものです。後脚のないバージョンとあるバージョンがありますが、無い方をワイアームと呼んで分けている作品も見受けられます。ゲームでの扱いは殆どの場合、完全に劣化ドラゴンであり、そこそこ強い冒険者が倒せる魔物として登場するのが定番です。しかし、毒針は無いケースが目立ちます。レベルデザイン上、強くなりすぎるという判断なのでしょうか。ひとまず、脚無し翼なしがワーム、翼あるのがワイアーム、脚もあるのがウィルム、毒針があるのがワイバーン、ブレスを吐くのがドラゴンみたいな分別をすると、ゲームで登場させる時に便利そうですね。

【ハイドラ - Hydra】
ギリシア神話に登場するヒュドラという怪物がいます。ウミヘビのイメージから来ていると思うのですが、特徴的なのは長い首の頭が沢山あることです。厄介なことにこの頭、切り落とすと傷口から分裂して生えてきます。斬れば斬るほど頭が増えるのです。英雄ヘラクレスはこれを棍棒で殴りまくって倒しました。斬らなければ再生できないという弱点ですね。ゲームでもだいたい強いです。ヒットポイントが自動で回復する再生能力持ちであるケースがやや多く、ただの多頭竜としての登場が次いで多く、分裂して増える特性を再現している作品は少ないようです。処理が面倒くさいですからね。ちなみに『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ではばっちり増えます。火や酸で傷口を焼く手段が無いとキツい相手です。ところでヒュドラはドラゴンでしょうか。竜に分類しているゲームが多く、ウミヘビ由来なので、どちらかと言えばドラゴンだろうなと私は思います。

【コアトル - Couatl】
アステカの神、ケツァルコアトルをモデルに作られた魔物です。ケツァルコアトルは羽毛ある蛇の姿とされているため、翼のある蛇のモンスターとしてコアトルは作られました。多分おそらく『ダンジョンズ&ドラゴンズ』が初出っぽいかなと思われます。ただ、ドラゴンの一種ではなく、神の使いの神獣のような扱いです。しかし、後続の作品では竜種であることが少なくないため、ここで取り上げました。余談ですが、メソアメリカの神々は日本の神々と同様に蛇属性多めです。

【ドレイク - Drake】
英語の古語やオランダ語でドラゴンのことです。つまり、正真正銘のドラゴンのはずなのですが、弱いドラゴンの亜種として登場するゲームが沢山あります。これもやはり、ドラゴン系モンスターの種類のかさ増しのために別物としたいという意図が見えます。ドラゴンとの差別化は多種多様で、作品によって全く異なる魔物として登場します。直接の関係はありませんが、イギリスの英雄フランシス・ドレイクのドレイクはこのドレイクで、敵であるスペインからはエル・ドラコ(ドラゴン)と恐れられました。実在の人物の名前繋がりで紹介したいのがドラキュラ伯爵です。有名な吸血鬼ですが、モデルになったワラキア公ヴラド三世の通称がドラクルの子という意味のドラキュラでした。ヴラド三世の父親ヴラド二世はドラクル、つまりドラゴンと通称されていたのですが、これは彼がドラゴン騎士団に叙任されていたためです。ドラゴン騎士団と聞くとファンタジックな感じがしますが、これはハンガリー王が友好的な王公たちにあげた名誉職のようなものです。ついでのついでに書くと、竜騎兵、ドラグーンは銃を持った騎兵のことで、銃をドラゴンのブレスに見立てていたものになります。竜に乗る騎士でも竜を狩る騎士でもないことは、一応覚えておくといいかもしれません。

【シーサーペント - Sea Serpent】
サーペントは毒蛇を指す言葉ですが、悪魔をこう呼ぶケースが少なくありません。そこから派生して、シーサーペント、つまり海のサーペントとなると、有毒のウミヘビのことではなく、海の悪魔という意味合いになってきます。海の怪物であって、必ずしもドラゴンではないのですが、ゲームでは海竜として登場することが多いため、ここで紹介しました。本来の意味でいけば巨大なイカの怪物クラーケンもシーサーペントなので、クラーケンをドラゴンだと言い張ることもできるかもしれません。

おお、5000文字を超えています。ここでやめておきましょう。バハムートやティアマトやレヴィアタンの話もしたかったのですが、その辺りはファンタジーと既存の神話の関係性をテーマにした時にしましょう。とはいえ、その4を書くかもわかりません。反響次第です。

泉井夏風


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