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第10回 『なにせにせものハムレット伝』


4幕2場

今回登場する人物
クローディアス・・・・・クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・クマデン王国王妃、ハムレットの母
レアティーズ・・・・・・ポローニアスの息子
オフィーリア・・・・・・ポローニアスの貴族
森の妖精・・・・・・・・語り手
貴族1

森の妖精: 外国の大学で勉強をするために、国をはなれていたレアティーズのことを皆さん憶えていますよね。オフィーリアのお兄さんです。その彼が、父ポローニアスの死の知らせを聞いて、大急ぎで帰国してきました。不眠不休の強行日程にくわえ、怒りと悲しみのため、かなり興奮してます。悪者クローディアスにだまされないと良いのですが。あ、そうこうするうちに、彼がやって来ました!ものすごい血相です。かなり怒ってます!

(走る足音が次第に大きくなる。息を切らしたレアティーズが剣をもって登場。)

レアティーズ: クローディアス、どこにいるんだ。ひきょう者。出てこい、おく病者。軟弱者。職務怠慢、エロ親父!おい、どこにいる!ひきょう者。おく病者・・・。

クローディアス: もうやめろ。レアティーズよ。頼むからやめてくれ。私はここにいる。おまえ、そんなことを叫びながら、城じゅうを駆けまわってきたのか。やれやれ。

レアティーズ: (大きな声で)ようやく姿をあらわしたな。この軟弱者、エロ・・・。

クローディアス: 大きな声をだすのはやめてくれ。皆に聞こえるではないか。頼むからやめてくれ。

レアティーズ: (大きな声で)このひきょう者、おく病者、エロ・・・。

クローディアス: もうよい、やめろといっておるのだ。特に、その「エ」から始まり「ロ」で終わる単語を大きな声で言うのはやめてくれないか。恥ずかしいではないか。それに何より、私は隠れてなどいない。武器ももっていない。だから、おまえも、まずは落ち着いて、その剣を納めたらどうだ。

レアティーズ: いや、断じて納めはしないぞ。父の命を奪ったのはおまえだ。ここで会ったが百年目、この場で葬ってやる。覚悟しろ! この・・・。

クローディアス: (さえぎるように)まて、まつんだ、レアティーズ。落ち着けといっておるのだ。私は殺してなどおらん。まったくの潔白なのだ。神に誓って堂々と主張することができる。

レアティーズ: おまえ以外の誰が犯人だというのだ。おまえが一番の悪人ずらだ。だから、犯人はおまえだ。つべこべ言わずに、さっさと懺悔ざんげを済ますんだ!終わるまでは、生かしておいてやる。

クローディアス: レアティーズよ、なぜ、そのような短絡的な結論に至るのだ。人を外見だけで判断してはいけない。まあ、落ち着け。

レアティーズ: いいや、どこからどう見たって、おまえが真犯人だ、早く懺悔を終わらせろ!

クローディアス: まて、レアティーズよ。話をよく聞くんだ。確かに私の顔は不細工だ。だが、それは致し方ないことなのだ。だが、見た目と中身は往々にして一致しないものなのだ。おまえもよく知っているだろう。

レアティーズ: おまえは単なる不細工ではない。人相そのものが悪い。内面の悪さが顔ににじみでているのだ。

クローディアス: ずいぶんなことを言ってくれるではないか、レアティーズよ。だが、まあよしとしよう。いいか、よく聞くんだ。お前の父上を殺したのは私ではない。真の犯人は、残念ながら、我が息子、イケメンの王子ハムレットなのだ。

レアティーズ: いいや、ハムレット様は立派なお方だ。

クローディアス: だが犯人は本当にハムレットなのだ。これだけは信じてほしい。誓ってもいい。この目をしっかりと見てくれ。嘘をついている目に見えるか。

レアティーズ: 腐った魚のような目だ。

クローディアス: おまえは外見だけで人を判断しておる。大学で一体なにを学んできたのだ。確かに、あれもかつては立派な王子であったかもしれない。だがな、あいつの身勝手のせいで、おまえの妹のオフィーリアまでもが苦しんでいるではないか。いいか、おまえの父親を殺したのはあいつだ。全ての悪の根源はハムレットなのだ。

レアティーズ: そうですか、分かりました。では、ハムレットを殺します!おのれ、ハムレットめ、あの可憐なオフィーリアまでをも手玉にとるとは、絶対に許せん。悪辣非道あくらつひどうの悪人め、必ず地獄に突きおとしてやる!

クローディアス: (傍白)ハハハ、こいつはやっぱり単純だ。素直で扱いやすい。(レアティーズにむかって)おい、とにかく気持ちを静めるんだ。そして私の話を、最後までよく聞くんだ。

レアティーズ: そうですね。まずは落ちついて、確実にハムレットを殺すための計画を立てなくてはいけません。父の死の知らせを受けて以来、ずっと陛下を殺すことばかりを考えてきました。何度もシュミレーションを繰り返し、目をつぶっていても実行できるほどです。けれど、今後は陛下を心から信頼し、お言葉に従うことにいたします。

クローディアス: な、なるほど。ぜひそうしくれ。しかし、問題はそのハムレットなのだ。あいつは国民にとても人気がある。なんといっても、顔が良く、いかにも正義の味方といった雰囲気をしているからな。だから不用意に殺してしまうと、人々の反感をかってしまう可能性があるのだ。おまえの身にも危険がおよぶかもしれない。だから、とりあえずは、あいつを使者としてタヒネ王国に送ることにしたのだ。(傍白)事が計画通りに進めば、棺桶に入って帰ってくるだろうが、万一の場合にそなえて保険も必要だからな。(レアティーズにむかって)だから、復讐はあいつが帰国してから、ゆっくりと考えれば良いのではないか。

レアティーズ: 確かにそのとおりかもしれません。とりあえずは、仰せにしたがいましょう。しかし、ひとたびハムレットが帰国したならば、即座に殺します!

クローディアス: よかろう。天国のポローニアスも、今のおまえの言葉を聞いて、さぞかし喜んでいることだろう。さすがは孝行息子だ。今後は私を父と思って頼りにしてくれ。ところで、頭脳明晰なおまえのことだから、分かっているとは思うが、今話したことは、わが妻ガートルードには秘密にしておいてほしいのだ。あいつは息子のハムレットをとても大切にしているからな。

レアティーズ: もちろんです。

クローディアス: それから、お前の妹のオフィーリアのことなのだが、はっきり言うと、かなり状態が悪いのだ。以前から元気がなかったのだが、ポローニアスの死がよほどショックだったらしい。あれ以来、正気を失ってしまい、気ままに城のなかを走りまわるようになってしまった。神出鬼没で、なかなかつかまえることができないのだ。今、ガートルードが探しに行っておる。見つけ次第、連れてきてくれるだろう。

レアティーズ: 噂には聞いていたが、あの、可憐なオフィーリアまでもが、ハムレットの犠牲になってしまったのか。父を殺して妹の正気までを奪うとは、まさに極悪非道の悪人だ。

(ガートルード登場)

ガートルード: ああ、レアティーズ、来ていたのね。ちょうどよかったわ。オフィーリアがみつかりました。今、こちらに向かっているそうです。ポローニアスの死後、この城のなかを緑の野原だと思い込んで、汚れた服を着替えもせず、あちらこちら駆けまわるようになってしまっているのです。そして、どこで憶えたのかは分からないけれど、意味深長な歌を口ずさむようになってしまいました。あ、やってきました。あちらの扉から。

(オフィーリア、汚れた姿で登場)

レアティーズ: オフィーリア! ああ、なんという変わり果てた姿になってしまったのだ。この目が信じられない。私が留守にしたのがいけなかったのか。

オフィーリア: みなさん、おそろいのようですね。それでは、お待ちかねのお歌をご披露いたしましょう。東洋の美しい娘の悲しい恋の物語でございます。静かに鑑賞してくださいね。

レアティーズ: 久しぶりに帰ってきたというのに、私のことが分からないのか、

オフィーリア: (歌う)東の国のかれんな少女おとめさん。
  今日は、朝から、うきうき、わくわく、どきどきしてる
  あこがれの人から、部屋に招かれて
  行ってはいけぬといさめる、友の言葉に耳を貸さず
  心を弾ませ、ドアをあけるおとめさん
  喜びあふれて、胸に飛び込む、おとめさん
  求められるままに身をまかせる、おとめさん
  でも、部屋からでるときは、ほとけさん
  今はお墓のなかで眠ってる
  心を病んだ殺人鬼、彼は牢屋でこう言った 
  おれの言葉など信じなければよかったものを
  ああ、なんて哀れな、おとめさん
  今はお墓のなかで眠ってる

レアティーズ: 何という、すさんだ歌詞なのだろう。言葉もでない。

オフィーリア: さて、今日は、皆さんに、すばらしいプレゼントを用意しました。順番にお配りしますから、静かにお待ちくださいね。ちゃんと全員分あるので、けんかしないで待っててね。横取りもいけませんからね。

レアティーズ: 分かった、分かった。そうしよう。

オフィーリア: (レアティーズにむかって) それでは、まずお兄様からです。あなたにはローズマリーをさし上げます。花言葉は「思い出」です。女の人はたくさんいるかもしれないけれど、私のことも、たまには思い出してね。

レアティーズ: ローズマリーの花言葉は合っているではないか。狂気のなかにも正気があるのか。

オフィーリア: (クローディアスにむかって) 王様、あなたには消臭剤をあげます。新発売です。強力な脱臭効果がさらに高まったそうですわ。でもすべての臭いを消し去ることはできません。過信は禁物ですからね。

クローディアス: (傍白)苦いことを言うではないか。もしかして、こいつも知っているのか。だが、たとえそうであったとしても、もはや誰も信じないだろう。あえて口を封じる必要はあるまい。

オフィーリア: (ガートルードにむかって)王妃様、あなたには、造花のバラを差し上げます。花言葉は、「偽物の美しさ」。消臭剤といっしょにおトイレにおいてね。それから、アサガオの花も摘んだけれど、お父様が亡くなったときに、枯れてしまいました。かわりに昼顔の花を差し上げます。花言葉は・・・、ご想像にお任せしますわ。皆さん、贈り物は届いたでしょうか。

クローディアス: あの清純なオフィーリアの心の底に、こんなにも冷めた眼がひそんでいたとは。人は内面などわからぬものかもしれん。

オフィーリア: (やや遠くから)それでは皆さんごきげんよう。さようなら、さようなら。

レアティーズ: オフィーリア、待て、待つんだ!

オフィーリア: 遅すぎましたの、お兄様、遅すぎましたのよ、どうぞお元気で。(退場)

ガートルード: ああ、待って、ちょっと待ってちょうだい。やさしいオフィーリア。(退場)

クローディアス: ああ、ガートルード。待つんだ、待ってくれ。(貴族1に向かって)おい、あの2人の後を追うのだ。見失うなよ。しっかりと監視するのだ。

レアティーズ: すべておしまいだ。体じゅうの力がぬけてしまったようだ。

クローディアス: レアティーズよ、もう分かっただろう。私はおまえの味方だ。腰をおろしてワインでも飲みながら、おまえの気持ちが収まる道をさぐろうではないか。(奥に向かって)おーい、だれかワインを持ってきてくれ。

レアティーズ: 父上を殺した上に、妹の人生を台無しにしたハムレットは絶対に許せません。この手で殺さなくては気持ちがおさまりません。

クローディアス: 立派な心がけだ。全面的に応援するぞ。心ゆくまで正義の道を歩むがよい。

レアティーズ: はい。実は、私、留学先から帰国する途中、高価な毒薬を買ってまいりました。ほんのわずかでも体内に入れば、必ず死に至るという最強の毒薬です。どんな解毒剤も効きません。

クローディアス: なるほど。最強の毒薬か。

レアティーズ: もともと、この毒は、陛下を殺すために買ってきたものですが、真実が明らかになった今、ハムレットを殺すために使うことにします。

クローディアス: なるほど、そうか、そうだな。それが良いだろう。(奥にむかって)おーい、おい、誰かおらぬか、そこの者、ワインのおかわりをくれないか。グラスごと新しいワインと交換してくれ。いいか、新品とだぞ。ワインも新しい瓶をあけるのだぞ。(レアティーズにむかって)まあ、それはさておき、重要なのは確実にハムレットに復讐するための計画だ。

レアティーズ: あんなやつ、力づくで殺してしまえば、それで済むことではありませんか。

クローディアス: いや、レアティーズよ、それほど簡単なことではないのだ。我が妻ガートルードは、息子のハムレットをとても大切にしている。そして、この私はガートルードを心から愛している。彼女なしでは生きていけないのだ。だから絶対に彼女に気づかれないように、偶然の事故としか思えないような方法で殺さねばならないのだ。お、噂をすればなんとやら。もどってきた。

(ガートルード、悲しみに沈んだ様子で、再び登場)

ガートルード: 悲しい知らせがあります。たった今、オフィーリアが亡くなりました。この部屋をでたあと、しばらくのあいだ2階の廊下の窓から裏の小川のながれを見つめていたのですが、水辺に咲く可憐な花々に惹かれた様子で、突然、窓から身を乗りだして、そのまま水のなかに落ちてしまったそうです。目撃したものの話によると、しばらくの間は、水の上を幸せそうに歌いながら漂っていましたが、ゆっくり水の中へと沈んでいったそうです。

クローディアス: かわいそうに、なんということだ。ところで、その目撃者は、一体なにをしていたんだ。溺れてしまう前に助けようとは考えなかったか!

レアティーズ: いいえ。きっと、あまりの美しさに目を奪われて、身動きすることができなかったのでしょう。妹の命とともに、その苦しみが消えただけでも、良かったと考えるしかありません。

ガートルード: やさしいオフィーリアの魂が天国に召されることを願い、今宵は皆で静かに祈りましょう。

クローディアス: だが、まずは葬式をあげなくてはいかん。レアティーズよ、すぐに埋葬の準備にとりかかるんだ。私は大司教と交渉をせねばなるまい。わが国の宗教は自殺をかたく禁じておるからな。あらぬ疑いをかけられたら、儀式をおこなってもらえないかもしれない。何とか事故死ということで丸め込まねばなるまい。まあ、文句を言われたら、金をたっぷり積んで押しとおすまでだ。(傍白)地獄の沙汰も金次第・・・だったら本当に良いのだがな。(皆に向かって大きな声で)さあ、忙しくなるぞ!

森の妖精: せっかくレアティーズが帰ってきたのに、オフィーリアが亡くなってしまいました。かなしいですね。それに、タヒネ王国に向かったハムレットさまはどうなってしまうのでしょうか。主役が不在では劇も盛り上がらないですからね。次回も必ずアップするから、待っててね!


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