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第9回 『なにせにせものハムレット伝』

第9回 『なにせにせものハムレット伝』

3幕3場

今回登場する人物

ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母
ポローニアス・・・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役
ローゼンクランツ・・・・・・   ハムレットの幼少期の友人
ギルデンスターン・・・ ・・      ハムレットの幼少期の友人
森の妖精・・・・・・・・・・・語り手

森の妖精(語り手): お芝居の上演は大騒ぎでしたね。クロちゃん、いや、国王クローディアスは大あわてで、思わず我を忘れてしまいました。いやー悪いことをすると、クローしますよねー。はてさて、場面はハムレットのお母さん、ガートルードのお部屋です。落ち着かない様子でイスに座っています。その周りを、ポローニアスが何やら忙しそうに動きまわっています。どうやらハムレットさまがやって来るのを待っているようですね。また、何か悪いことが起こりそうな予感がします。後は読んでのお楽しみ。

ポローニアス: ハムレットさまもそろそろ来る頃でしょう。私はこのカーテンの裏に隠れて、様子をうかがっております。いざという時には、このポローニアスめが、即座に、迅速に、的確に王妃さまの身の安全を確保いたします。何を隠そう、この私、かつて忍者の修行をしたことがございます。厳しい修行に耐え、忍びの術を極めました。年をとったとはいえ、まだまだ現役でございます。ですから、王妃さまにおかれましても大船に乗った気持ちで、ハムレットさまとお話しください。

ガートルード: 忍者の修行ですか。さきほどは役者の修行と言っていたような気がしますけどね。せっかくですから、お願いしましょうか。

ポローニアス: あ、靴音がします。それでは、この私はカーテンの裏に。(口で)サ、サ、サ、サ。

ハムレット: (遠くから)母上、母上さま。

ガートルード: ここにいます。ハムレット、こちらにおいで。おまえに言わなければいけないことがあるの。あのお芝居は一体なんだったの?国王はたいそうお怒りですよ。

ハムレット: まさにそのとおりです。分かっているではありませんか。父上はたいそうお怒りです。

ガートルード: あなたの言葉は支離滅裂しりめつれつだわ。何を言っているのか、さっぱり分かりません。

ハムレット: 母上こそあの立派な父上をお忘れになってしまったのでしょうか。よりによってあのような軽薄な男と再婚するとは。とんでもなくハレンチで臆病者だ。もしかしたら、父上のことをお忘れなのではないかと思い、写真を持って参りました。この写真を見てごらんなさい。近づいて、しっかりごらんください!(一方の手で写真をもち、他方の腕をガートルードの首にまわす。)

ガートルード: 首から手を離してちょうだい、ハムレット。痛いわ!

ポローニアス: (隠れているカーテンの向こう側から)なに、もしや、ハムレットさまがガートルードさまの首を絞めているのか。これは一大事だ。おーい、誰か、助けてくれー!人殺しだ!

ハムレット: 声が聞こえたぞ。カーテンの向こうに誰かいるな(腰に差した短剣を抜く)。この剣をくらえ。死ね(刺す)、さあもう一発だ、くらえ(もう一度刺す)。やった、やったぞ。手応えもあった!クローディアスよ、ついに年貢の納め時がきたな。これでようやく終わった。(カーテンを開けて、刺した相手がポローニアスであることを確認)ああ、何だ、残念。おまえか、ポローニアスよ。本当にばかだな。おとなしくし引っ込んでいれば良いものを。そんなところに隠れていたら、誰だってクローディアスだと思うに決まっているだろう。愚か者め。

ガートルード: ああ、死んでしまった。人殺しだわ、なんて残酷な。

ハムレット: 確かに殺すつもりで刺しました。それは間違いありません。しかし、父上を殺した男と結婚するのと、どちらが残酷でしょうか。

ガートルード: あなたが何を言っているの。私にはさっぱり分からないわ。

ハムレット: どうか父上を思いだしてください。勇敢で人々の尊敬を集めていた立派な国王でした。

ガートルード: そうね、きっと立派な人だったのでしょうね。

ハムレット:  この写真をしっかりと見てください。あの気高い姿を思い出しませんか。

ガートルード: それが全く憶えていないの。どんなに偉大な人であっても、もしその人が雲の上に立っていたら、地上からはその姿は見えないでしょ。豆粒ほどの大きさにすら見えないものよ。そんな感じだわ。だから、その人の姿を本当に見たことがないの。見たことがないものを憶えているわけがないでしょう。たとえ、今この目の前に立っていたとしても、きっと見えはしないわ。

ハムレット: 何ということを。父上が聞いたら、さぞかしお嘆きになることでしょう。脂ぎったクローディアス、遊び好きの下品な飲んだくれ、あの男なら母上の心の目に映るというのですか。

ガートルード: そうよ、映るのよ。昔は、なにも見えていなかった。いえ、見えていないことにすら気づいていなかったの。夫を下品で飲んだくれだと言うのは構わないけれど、私だって一皮むけば、同じようなものだわ。今になってようやく愛というものを知って、とても幸せなの。

ハムレット: 母上の心が、あのクローディアスと同じだと言うのですか!手をつないでベッドのなかに倒れ込んで情欲の限りをつくす。そんなものが愛でしょうか。

ガートルード: 愛なんてそんなものだわ。立派で美しい愛なんて、私には最初から無理だったんだわ。分かったら、もうやめてちょうだい。

ハムレット: いいえ、やめません。いいですか、母上・・・。

(ハムレットの父親の亡霊登場。)

亡霊: ハムレットよ、レットよ、レットよ、ガートルードを、ルードを、ルードを、ルードを、さいなんでは、では、では、いけない、ない、ない、ない。

ハムレット: ああ、父上、どうなされましたのでしょうか。

亡霊: ガートルードを、ルードを、ルードを、ルードを、さいなんでは、では、では、いけない、ない、ない、ない。

ハムレット: 分かりました、母上への態度は改めます。

ガートルード: (ガートルードには亡霊の姿が見えない)ハムレット、あなた、どうしたの。そこには誰もいないわよ。あなた、一体、誰と話しをしているの。

(亡霊退場)

ハムレット: 母上にはあのお姿が目に入らないのでしょうか。ほら、そこに立っているではありませんか。暖炉の前です。本当に見えないのですか。

ガートルード: 誰もいないわよ。そこには暖炉と壁しかないわ。ああ、あなた、まさか気が違ってしまったの。最近、様子がおかしいとは思っていたけれど・・・。なんということでしょう。私が再婚などしてしまったからなの。

ハムレット: いいえ、母上こそ、あのお姿が見えないのでしょうか。苦悩と怒りに満ちたあのお顔が。 ああ、行ってしまう。父上、父上、お待ち下さい。ああ、母上、あのお姿が本当に見えないのですか。

ガートルード: 私には何も見えないわ。あなたこそ、大丈夫なの。ハムレット、様子が変よ。

(亡霊退場)

ハムレット: ああ、父上が行ってしまう。父上!(ガートルードに向かって)本当に何も見えなかったのですか。

ガートルード: ごめんなさい。残念だけど・・・。(傍白)ああ、ハムレット、あなた、気が違ってしまったのね。私が再婚してしまったからなのね。最近、様子がおかしいとは思っていたけれど、まさか理性まで失ってしまうなどと思ってもみなかった。

ハムレット: 私も残念です。けれど、母上、黄泉の国からはるばるやってきてくださった父上に免じて、せめて今日だけでもクローディアスとの享楽きょうらくをお慎みください。

ガートルード: ああ、かわいいハムレット、どうしたら正気にもどってくれるのかしら。

ハムレット: 母上こそ、どうしたら昔にもどっていただけるのでしょうか。

ガートルード: 分かったわ、あなたの言う通りにするわ。だから、心配しないで。

ハムレット: いいえ、やはり、思いのままに生きてくださって結構です。父との約束ですので。(ポローニアスの遺体を指さし)それにしても、こいつには悪いことをした。まとわりついてうるさい奴だったが、命を奪ってしまったことは、後悔しています。ただ、私にはやるべきことがあるのです、たとえこの命を落とすこととなったとしても。ですので、こいつの死を悼んでいるひまは今はありません。ただ、遺体をずっとここに置いておく訳にはいきませんので、かたづけてきます。おやすみなさい、母上。ごきげんよう。(ポローニアスの遺体を引きずって退場。)

4幕1場

(クローディアスの私室。クローディアスが落ち着かない様子で一人考え事をしている。)

クローディアス: (傍白)まずい。本当にまずい。どんなに美味しいものを食べても本当にまずい。こんなことは生まれて初めてだ。ポローニアスが殺されてから、3日が経つ。もう3日だ。ハムレットのやつは一体どこに身を潜めておるのだ。ポローニアスの遺体を一体どこに隠したのだ。この城のどこにそんな秘密の場所があるというのだ。それとも、考えたくはないが、すでに城の外に逃れたのか。だとしたら、本当の危機だ。ハムレットは絶対に気づいている。気づかれてしまった以上は、一刻も早くあいつをタヒネ王国に送って、首を切り落とさせねばならぬ。一刻も早くだ。それまで、私の魂に平穏が訪れることはないのだ。

貴族1: 陛下、ご報告があります。ローゼンクランツ様とギルデンスターン様がやってまいりました。

クローディアス: すぐ通してくれ。ああ、待っていたぞ、ローゼンクランツとギルデンスターン。さっそくではあるが、君たちに折り入ってお願いがあるのだ。決して、悪い話ではない。

ギルデンスターン: (傍白)悪い話に決まっている。ああ、聞きたくない。

クローディアス: ぜひ、我が愛するハムレットとともに、タヒネ王国を訪問してほしいのだ。ここに君たち3人を盛大に歓迎するよう記(しる)した、書状がある。到着し次第、国王に渡してくれ。最大限のもてなしを受けることであろう。あちらでの滞在を、存分に楽しんくるがよい。よろしく頼んだぞ。

ローゼンクランツ: 「最大限のもてなし」とは、全く身に余る幸せに存じます。

ギルデンスターン: お計らいに、心より感謝申し上げます。

クローディアス: いつでも出発できるよう、すぐに準備にとりかかってくれ。

ローゼンクランツ: 仰せの通り、すぐに荷造りにとりかからせていただきます。

ギルデンスターン: (ローゼンクランツに向かって小声で) あそこは容赦ない処刑で有名な国だじゃないか。無事に帰って来ることができるだろうか。聞いたところによると、インターネットの世界では、「タヒ」という言葉は死を意味するそうだ。だってカタカナで「タヒ」と横書きで書くと、漢字の「死」という字に似ているだろ。だから、タヒネ王国は「死ね」王国ということになる。ヤバすぎる。無事に帰って来れるだろうか。

ローゼンクランツ: 確かにそうかもしれん。だが、しかし、あそこは酒が美味しいことで有名な国でもある。ウイスキーにジン、ビールもあるぞ。それに、まあ、俺たちのような、どうでもいい人間の命までは奪わないだろうさ。今さら逃げることもできないし、どうしようもないじゃないか。行って美味しいものを腹一杯食べて、帰ってくるのだ。

ギルデンスターン: 生きて帰ってくるのだ。それが全てだ。あ~あ、やれやれだ。

(ローゼンクランツとギルデンスターン退場。その後、ハムレットが貴族2に付き添われて登場)

貴族2: ハムレット様をお連れしました。

ハムレット: お久しぶりでございます。ご機嫌うるわしゅうでございますでしょうか、陛下。

クローディアス: ハムレットよ、なんということをしてくれたのだ。ポローニアスの遺体をどこに隠したのだ。

ハムレット: 今頃、ポローニアスはとっても楽しいお食事の最中であることと思います。

クローディアス: ハムレットよ!私はまじめに聞いておるのだ、ポローニアスは今どこにおるのだ。

ハムレット: いやいや、私だって、すごく真面目ですよ。少々頭はおかしくはなってはおりますが、それ以外はいたって真面目です。多分ほとんど全てが正気です。ところで、ポローニアスについてですが、実は彼は食べているのではなく、食べられているところなのであります。ウジ虫どもにね。何といっても、ポローニアスは、これまで美味しい食事を毎日たっぷり食べてきましたので、そろそろ食べられる側に回っても良い頃かと思いましてね。まあ、そんなわけで、今週中に見つからなければ、図書館に通じる渡り廊下の階段の下あたりを探すと、イカの塩辛のような香りがすることでしょう。イカン、イカン、イカン!

クローディアス: すぐに探しにいけ。ハムレットよ、こうなってしまった以上、お前の身の安全を最優先に考えねばならん。この期に及んでは、もはや私にはいかんともしがたい。状況が落ち着くまで、しばらくタヒネ王国で静養してきてほしい。

ハムレット: 「いかんともしがたい」ですと!なるほど。ところで、陛下はご存じなのでしょうか、イカの足は10本です。ところが…。

クローディアス: また、例の悪ふざけか。おまえは、いつもヘリクツばかりじゃないか。もうマンネリだぞ。私はもう飽きた。それに何より私は真剣に話をしておるのだ。

ハムレット: おっしゃるとおり、確かにマンネリです。皆そう思っていることでしょう。確かに、これは一本とれらましたな。次からは改めましょう。しかしながら、私は今とても真剣なのです。いいですか、よく聞いてください。イカの足は10本です。もし私がその足を2本食べてしまえば、残りは8本です。タコと同じではありませんか。それに、タコ焼きのなかに、イカが入っていたとして、一体誰が気がつくでしょうか。まあ、そこがイカんところなんですがね。この立派な教訓は、あらゆるものにあてはまります。あなたにも!

クローディアス: (傍白)やばい、こいつは、本当に気づいている。気も狂ってなどいない。なんとかしなければ、大変なことになる。

ハムレット: それでは母上、お別れのチューをさせていただきます。

(クローディアハムレットを押しのける)

クローディアス: やめろ! 気色悪い。おれはおまえの母親ではない。おい、やめろと言っておるのだ!

ハムレット: いえいえ、それは違います。あなたは私の母上なのです。だって、あなたも母上も同じ2本足ではありませんか。ということは、あなたは私の母上と同じということになるのです。理解していただけましたか。それでは、母上、お別れのチューをさせてください。ぜひとも熱烈な口づけを。

(ハムレット、クローディアスにキスをする。)

クローディアス: おい、誰かティッシュをとってくれ。おまえとうとう狂ったな。そんなことを言うのなら、お前だって2本足ではないか。

ハムレット: まさに、そのとおりでございます。おっしゃるとおり、私と王妃は同じ2本足です。ということは、陛下と私は夫婦。ならば、夫婦の契りを交わそうではありませんか!

クローディアス: (さえぎるように)もう良い、ハムレット 、もう何も言うな。いいか、それ以上何も言うなよ。それ以上おれに近づくんじゃないぞ。そう、そこでじっとしているのだ。そうだ、動くなよ、よろしい。これでようやく落ち着いて話をすることができる。いいか、ハムレット、よく聞くのだ。こうなってしまった以上、できるだけ早くタヒ王国に向けて出発した方が良い。すぐに出発するのだ。それがおまえのためなのだ。分かったら、すぐに準備にかかってくれ。

ハムレット: お気づかいの台風暴風集中豪雨でございます。ぜひとも傘がほしいところはありますが、国王陛下のご意向には逆らえませんからね。陛下にはへーこらしないと、あとが怖いですからね。(退場)

クローディアス: タヒネ国王よ、書状に記したとおり、到着し次第、間違いなくハムレットを殺すのだぞ。失敗は許されない。容赦のない首切りで出世したおまえの本領をみせてくれ、頼んだぞ。(遠くから叫び声が聞こえ、あわてた様子でガートルードが登場する。)

ガートルード: あなた、大変です。レアティーズが父ポローニアスの死の知らせうけて帰国してきました。あなた犯人だと叫びながら、炎のような勢いでこちらに向かってまいります。あなたを殺すと叫んでいるそうです。

クローディアス: 放っておけ。私にはやましいことなど一つもない。だから逃げも隠もせん。隣の部屋で待っているから、来たら通してくれ。(傍白)どうせ、あいつの父親を殺したのはハムレットなのだから。それに、レアティーズをうまく利用すれば、ハムレットの問題に一気にけりをつけることができるかもしれん。何と言っても素直なレアティーズは扱いやすいからな。渡りに舟とはこのことだ。運が向いてきたかもしれん。よし、もうひと頑張りだ。

森の妖精(語り手): うーん。クロちゃん、やっぱりなかなかの悪人ですね。ハムちゃんもピンチの連続です。がんばれ~。次回が楽しみです。気長に待っててね!


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