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音大への道 パート7

【コロナの真っ最中、学校も休校が長く続きました。我が家は敷地内にテントを張って、楽しみました】


僕が国立音楽大学を受験した理由は、だだ単に聴音の試験が無かったから。

他に選択肢が無いので、おのずと、滑り止め無しの国立一本の受験。準備を始めたのが、高2の秋なので、そもそも合格するとは思って無く、一浪覚悟の上での受験でした。
ただ諦めていた訳では有りません。誰よりも苦しい練習に耐えてきたと言う自負もありました。

いよいよ試験期間が始まりました。国立音大から電車で数駅にあるビジネスホテルから試験に向かいます。地方出身者は、国立音大指定のホテルや旅館に寝泊まりしながらの試験となります。

僕の泊まるホテルに、もう一人サックスを抱えた人がいました。掛橋君という、福岡から来ている同級生でした。話すと彼は自分のサックスに自信を持っていない感じでした。妙に親近感を感じた僕は、彼を連日の、夜の練習に誘う事にしました。掛橋君はとても喜んでくれました。

彼の恩師が、サックス試験の前日に、景気づけに焼肉を食べるよう、彼にお金を持たせていて、そのお金で焼肉を奢ってくれました。

いよいよサックス試験の当日です。ここ数日しっかり練習できている。焼き肉も食べて、精もついた。もう完璧です。後は本番を迎えるのみ

サックスの実技試験は広い講堂で行われました。自分の順番の少し前から講堂に入ります。試験を終えた顔なじみが、試験を終え、続々と出てきます。

「どうだった?」

「ダメだった。」
「緊張した。」
「間違った。」

殆どの人が、浮かない顔で出てきました。

受験生の中でも頭一つ抜きんでていた2人迄もが、浮かない表情でした。

さて自分の番が近づき、講堂内に入りました。前に机を並べ、木管楽器の教授、講師の方々が、演奏する受験生を採点しながら座っています。なるほど。こりゃ緊張するわ。

中にサックスの教授、石渡先生もいらっしゃいます。試験も近づき、何度かご自宅にお邪魔し、レッスンを見てもらっていました。

そして自分の番に。

まずは指定された音階をいくつか演奏しました。

「よし。まずは問題ないぞ❗」

そして課題曲です。当時、国立音大のサックス科の課題曲は、セノンの32のエチュードというものでした。

昨日の夜も、今日の朝もみっちり練習した。もう準備は完璧。自分に言い聞かせます。

先生方に注目され、緊張する中、目をつぶりました。

「とにかく楽しもう。もうそれしかない…」

演奏を始めます。音だけに集中して。



〜気持ちいい〜


それは初めての感覚でした。実に難解なセノンのフレーズが、講堂に気持ちよく響きます。目を閉じて自分の演奏に入り込み、今まで味わった事の無い、高揚感を持って演奏をしている自分がいました。

緊張感が逆にプラスに働いたこと講堂の響きが気持ちよかった事不安要素を無くすための練習を散々してきた事。何より本番に強いという性分、が、この時も働いたんだと思います。

演奏を終えた僕は、試験で曲を吹き終えた感覚では無く、コンサートで名演を終えたような感覚でした。身体中、鳥肌が立っていました

講堂を出て、他の受験生に聞かれます。

「どうだった?」

答えはもちろん

「完璧だったよ。」


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